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【明智光秀名言】謎が多い波乱万丈な人生から学ぶ5つの言葉

明智光秀 名言
本能寺の変で織田信長を討ったことで知られる明智光秀。しかし戦国時代の人物に詳しい人でなければそれ以外にどういう人であったのかまでは意外と知らない人も多いでしょう。そこで今回はあまり知られていない明智光秀がどういう人物であったのかを名言を通しご紹介し、どうして彼は天下を取れなかったのかと考えてみようと思います。

大きな成功を成し遂げてもその後に続かぬ所謂「一発屋」にならない心得とは?

自己犠牲の精神を語った名言

「鳴かぬなら 私が泣こう ほととぎす」

この名言は信長や秀吉、家康が残したような「ホトトギス」シリーズとも言える名言の一つ。

先程触れた3人の天下人以外のものはあまり知られていませんがこの「鳴かないホトトギスを自分ならどうするか?」という事を語った人物は結構いまして、明智光秀もあまり知られていませんがこんな名言を残しています。

ホトトギスが鳴かないのならば自分が泣くとまでこの名言で明智光秀は語っていまして、かなり自己犠牲の精神が高かったことが分かります。

自己犠牲の精神と言うのは言葉的にはとても素晴らしく、感動的な事ではあると言えるのですが、自分が犠牲になった後の影響まで考えるなら周りが迷惑する我侭である事に変わりありません。

会社のトップであるならば部下を巻き添えにする事になりかねませんし、自分の家族や友人のその後を考えたなら後先考えず自己犠牲の精神を発揮すると言うのは本来誉められたものではないのです。

現代社会でもそれは同じで会社のためとか仲間のために体を張るのはある程度までは高い評価を得られますが、それも度を過ぎれば返って冷ややかな目で見られて迷惑がられることもあるのです。

この名言はそんな自己犠牲の精神が強すぎたことが明智光秀が天下を取れなかった理由であると教えてくれる名言です。

行き過ぎた高潔の落ち度を教えてくれる名言

「あの人物は俺の重臣だが、昔父の領内で農夫をしていた。それを父が登用してまず足軽にした。おそらく、あの時の恩を忘れず、農民だった初心で父の霊を弔っているのだ。武士はすべてああありたい。笑うお前達は馬鹿だ」

この名言は明智光秀が自分の部下の武士を叱った名言です。

明智光秀は色々な作品で描かれている事が多いように「高潔な」と言う印象があるような武将であったと言え、武士として、戦に出る者として部下にも武士道で語る所の「仁・義・礼・忠」を徹底させるところがあったと言われています。

そんな明智光秀ですから重臣であればあるほどそうした武士道で語られるようなものを修めた人が多く、それを抑えられていないものを高くは評価しなかったと言います。

これもまた素晴らしいことではあるのですが、世の中にはやはりキレイ事だけでは生きていけないところがあり、明智光秀は突如織田信長に見出され抜擢された存在で、現代風に言うならば一般社員が突如いきなり子会社の社長にされたようなもので、社歴の長い部下や即戦力の新卒なんて少ない状態。

そんな新参者が人を集めて全員を厳しく規律正しくさせようとしても、多くの人間を動員してまとめて行くことは難しく、名誉に拘る武士に対して「笑うお前達は馬鹿だ」とまで言ってしまうのはやりすぎだったと言えるでしょう。

徹底して厳しくするのも良いのですが、それに耐えられるような人って多くないもので、領民からはともかくとしてあまり部下受けがよくはなかったと言います。

この名言はそんな相手に合わせての硬軟の使い分けをする事ができないと人がまとめていけないと教えてくれる名言です。

大きすぎる方針の変換が失敗を呼ぶと教えてくれる名言

「自分は石ころのような身分から信長様にお引き立て頂き、過分の御恩を頂いた。一族家臣は子孫に至るまで信長様への御奉公を忘れてはならない」

この名言は明智光秀が定めた『明智家法』と言うものの末尾に乗せられている名言。

実は明智光秀と言う人物はその出自がしっかりしておらず美濃の明智氏の出身とされていますが、そもそもこれも定かではないのです。

その為、まさに「石ころのような身分」であり、秀吉ほどはひどい扱いは受けていなくとも外様である事には変わりなく苦労したことも多かったと言われていますが、それでも信長に感謝の気持ちを持っていたことが分かります。

しかしこんな名言を残しておきながらも明智光秀は本能寺の変を起こしてしまいました。

確かに本能寺の変を起こすまでの間に明智光秀は信長からかなりひどい仕打ちをされていたようであるとも言われていますし、熱心な仏教徒でもあったので信長に対する感謝を超える怒りもあったかと思いますが、初志貫徹する意志が足りなかったところがないとも言えません。

ある程度の臨機応変さは大事でしょうが、組織を挙げてやると決めたい生き方を180度変えてしまうのはちょっと流石にやりすぎ、周りの元同僚もそれは信用ならないヤツだと思って秀吉側に付くでしょう。

この名言は皮肉な事に一度決めたことと真逆の選択をするのは非常にリスクを伴うことで、大幅な変更が必要になった段階で多くの場合失敗すると言う事を教えてくれる名言です。

時代の流れに乗る必要性を感じさせる名言

「仏の嘘をば方便といい、武士の嘘をば武略という。これをみれば、土地百姓は可愛いことなり。」

この名言は明智光秀が温厚で、心の広い人統治者として優秀な人物だったと語られるときに良く用いられる名言。

この名言は簡単に言うと

「お坊さんの嘘も武士の嘘も特別な名前にするへ理屈で正当化される、それに比べたら百姓のちょっとした嘘なんてかわいいものだ」

と言うもの。

この時代においては非常に珍しい平等思想が垣間見える名言でもあり、「百姓だけが嘘をつくことを許されないのはおかしい」と言う主張を明智光秀がしたかったであろうことがこの名言からは分かります。

これも非常に良い事を言っていて、自分の上司である信長の思想とも似ているところも感じるのですが、やはりまだまだ革新的過ぎる思想であった事に違いはなく、戦国時代と言う武力が物を言う時代において多くの人に受け入れてもらえる思想ではなかったように思います。

大変残念な事ですが、正しいことや良いことをいくら主張してもそれが時代の主流の考え方からあまりにも反していると中々協力を得るのは難しいものなのです。

この名言は明智光秀が統治者として人格者としても優れていたことを教えてくれる名言でもありますが、時代の流れにマッチしていなければどんな人格者であろうとも多くの人に支持されはしない事も教えてくれる名言でもあります。

流された末路の教えてくれる名言

「敵は本能寺にあり」

この名言はとても有名な明智光秀の名言として知られていますが、実はどうも明智光秀自身が語った名言ではないのではないかとも言われる名言。

この名言はある意味最も明智光秀を有名にした本能寺の変を起こすに辺り、明智光秀が信長をはっきり敵だと宣言した言葉だとして伝わっていますが、近年明智光秀が実は本能寺に攻めたとき敵が信長だと知らずに本能寺の変を起こしたのではないかと言う話しもあり、そのことを裏付ける資料なども発見されているそうで、段々そんな事を言っていたのかどうかさえも怪しくなってきたところがあるのです。

特にこの名言は長いこと「明智光秀が織田信長を明確な意思を持って裏切って討った」と言う事実を多くの人に教えるために使われてきたところこそがこの名言の今回注目したいポイント。

どういうことかと言いますと、明智光秀はもしかしたら誰かに利用されて「信長を討った人物にされてきた」可能性があるという事です。

何しろ当時の信長の首が欲しい人物は山ほどいて、幸か不幸か誰に利用されてもおかしくないような信長に近い立場で動機も沢山ある状態に明智光秀はいたわけですし、後ろ盾が弱い存在で、信長を討った後あまりにもあっさりと鎮圧されてしまっています。

いくらなんでもそんな考えなしに主君を打つ人物が最大勢力の能力主義の下で重臣をしていられるのかと言うととてもそうとは思えません。

その為この名言、実は有能な人にも起こりえる「周りに流されハメられた先の末路」を教えてくれる名言であるとも考えられる名言なのです。

明智光秀の失敗した可能性を教えてくれる名言5ついかがだったでしょうか?

現代社会の中であっても今回ご紹介したような所がある人はやはり損をする事も多く、一度は力を持ってもその後より低いところに落ちることも多い傾向があるのです。

今回の記事で自分が明智光秀に共感できるところが多かった人は念のための備えだけは怠らないよう意識しておきましょう。

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