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ブッダ 名言|悟りを開いた人が語る心に響く5つの言葉

ブッダ 名言

ブッダ。仏教の開祖にして「真理に目覚めた人」の意味を持つ名前で呼ばれたこの人物は、アジア圏で最も多くの人に影響を与えてきた人物であり、数々の人を救ったエピソードと名言を残しています。

今回はそんなブッダの名言の中でも、人生を今以上に有意義な物にするために役立つような、5つの人生についての考え方を改めさせたれる名言をご紹介させていただきます。

真理に目覚める、悟りを開くということの切欠になるかもしれない考え方に興味はございませんか?

本質を見抜こうとする姿勢

「「諸行無常である」と、智慧によって見るとき人は苦しみを厭い離れる。これが人が清らかになるための道である」

この名言は簡単に言うと「正しく世の中のことを理解すれば誰だって苦しみから逃れたいと思うものだから、正しい理解が救われるには必要なこと」といった名言。

少し詳しく話しますと

この世に存在する全て(コレが諸行)、姿も本質も常に流動し変化するもの(コレが無常)であるから、一瞬と言えども存在は同一性を保持することができない、こうした世の中なので、正しく物事を判断する力(コレが智慧)を持つことで苦し実というものを知れる。そして苦しみがどんな物かが分かればそれから逃れようとするものであり、これこそが救いとなる。

と語った名言であり、印象や見た目などに惑わされてはいけないと戒めるような意味を持つと同時に、この智慧を持つことが出来れば人は救われるのだとも教えてくれます。

物事の本質を正しく見抜くと言うことは簡単なことではありませんが、そうしようとする姿勢を持つ気でいなくては確かに大きな失敗をしたり、取り返しのつかないようなミスを起こすことだって良くあります。

だからこそ少しでも人生を良いものとするために物事の本質を見抜き、正しく判断するようにしようとする姿勢を持つことが非常に大事なことになるとこの名言は教えてくれます。

執着心を持たないことのススメ

「執着があればそれに酔わされるのだ。それゆえに、ものの姿をよく見ることができない。執着を離れると、ものの姿をよく知ることができる。だから執着を離れた心に、ものはかえって生きてくる」

この名言は簡単に言ってしまえば「執着心を持っているうちは執着しているものの良さがまだ分かりきれていないのだ」といった感じの名言で、ポイントとしては執着心に囚われてしまっていることがもったいないことであると語っているところで、持つことが悪いとは言っていないところです。

執着心とは確かに何かをやる気にさせる原動力でもありますが、それが制御しきれない強い気持ちになっているときは、望んでいる状態からむしろ離れてしまったり、手段と目的の判別がつかなくなり、目的を見失いがちにもするもので非常に危険なものでもあります。

恋人がいないからといってがっつく人のほうが異性にモテないように、家族の幸せのために仕事一筋で生きてきたのにそれが原因で離婚することになってしまったりするように、世の中には向上するためにただ我武者羅にやれば良いと言うことばかりではないのです。

物理的な距離をとったほうが大きな物の全体を捉えることが出来るように、精神的な距離もまた、ある程度とることで執着していたときには分からなかったことも見えてくるもの。だからこそ執着心で酔ってしまっているときよりも、それを捨ててものを見たほうが良いことなのだとこの名言は教えてくれます。

自分で決める自分

「人は「私はこういう人間だ」と自分で考える。その通りのものになります。それと異なったものになることはありません」

このブッダの名言は読んで字のごとく、自分がどういう人間であるのかを決めるのは自分自身の気持ちしだいと言った名言。

もちろん口でなんと言っているかはまったく関係なく、あくまで自分のことを「自分でどんな人間であると思っているか」こそが人に人格を作ります。

それと言うのも世の中と言うのは結果を決めるにあたり、人の受け取り方こそが重要であるからです。

例えば、

「私はもの凄くついている人間です。過去に命に関わる大怪我を何度もして、今では障害者となってしまいましたが、それでも死ななくてすんだからです」

と言う人と

「私はものすごく不運な人間です。過去に命に関わる怪我を何度もしたからです。今ではついに障害者ですよ。」

と言う人に起こった出来事は全く同じでも、その出来事をどう受け取って、自分のことをどう思っているかで、ついている人間になるのか、不幸な人間になるのかが変わります。

自分が慎重なんだと心から思っていられるならば、人からどんなに臆病だと言われてもそれを鼻で笑えるでしょう。

自分が仕事が出来るのだと思っているなら、人に仕事が遅いと言われたとしても完成度を高くしてるんだと言ってやれるでしょう。

このように自分がどういう人間なのかと言うことって、実は自分が思っているような人間でしかないと言うことをこの名言は教えてくれます。

自分で自己評価が低いあまりに望んで苦労や辛い思いをしていませんか?でもそれって自分の自分への考え方が全ての始まりなのです。

試しに自分の嫌なところやダメなところを「本当に?」と本気で疑ってみましょう。意外とそんなこともないことたくさんあります。

望む物ほど遠いもの

「眠られない人に夜は長く、疲れた者に道は遠い。正しい教えを知らない人に、その迷いは長い」

この名言は簡単に言ってしまうと自分が望んでいるいるものやことだからこそ遠く感じる物であると言う名言。

この名言のポイントはそれぞれ逆の立場の人にはそこまで遠く感じないものだと感じれるのだとも言っていること。

例えば普通に眠れる人にとっては寝てしまっているわけですから夜を過ごす時間は短いでしょうし、元気で健康な人にとっては目的地まで大した距離だと感じないことって普通にあります。

人生に迷う人というのもコレと同じであり、このブッダの名言で言うところの正しい教え、こうありたいとかこういう姿が理想的だというビジョンがしっかりしていないからこそ、人生を苦しんで送ることになっているのです。

例えどんなに辛いことでもコレが終われば自由になるとか、コレを果たせば自分は望んだ状態になれると確信している時ってあんまり辛いと思わない経験ありませんか?

人生で思い悩んで辛い思いをしたくないならばまずは明確なビジョンを持つこと。この名言はそんなことを教えてくれる名言です。

忘れることの大切さ

「多く説くからとてその故に彼が賢者なのではない。こころおだやかに、怨むことなく、怖れることのない人、かれこそ賢者と呼ばれる。」

この名言は賢者とはどんな人かを語った名言であり、忘れることの大切さを語った名言でもあります。

この名言のどこが忘れることの大切さを語っているのかと言うと「怨むことなく、怖れることのない」と言うところに忘れることが深く関わってくるからです。

人はどうして何かを怨んだり、怖れるのか?その答えは過去の経験や本能の喚起であると言います。その為そうした過去や瞬発的に湧いてくる感情と言う物に囚われることで恨みや恐れを私たちは感じ、誰かを怨んだり何かを怖れたりしているのです。

ならば過去の経験を忘れることや本能の喚起が起こったとしても、それが起こったと言うことさえも忘れることこそが「怨むことなく、怖れることのない人」になるための方法だと言えるのです。

過ぎてしまえば全て過去のこと、過去のことは変えようもないことであり、変えることが出来るのは今から先のことだけなのですから、そちらのほうに目を向ける方が実はよほど建設的なことと言えます。

そしてこの選択が出来る人こそが「賢き人」であり、賢き人とは結果的に怨んだり怖れたりをしない人なのだとこの名言は教えてくれます。

全てを忘れろとまでは言えませんが、変えられないものに固執しすぎて苦しんでしまうのはもったいないとは思いませんか?

こうして忘れることも大事なのだとブッダは教えてくれております。

ブッダの名言5ついかがだったでしょうか?

直接会わずとも教えや言葉により多くの人を救ってきたその片鱗を感じ取っていただけたなら幸いです。

仏教の教えと言われるとどうにも堅苦しくなりがちですが、ちゃんと中身を把握して意味が分かると、とても「なるほど!」と思えることも多いですから宗教に興味がない方も、人生に迷ったり苦しんだ方にはお寺でそうした話を聞かせてもらうと良いかも知れません。

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