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一休さん名言|とんちのきいた心に響く5つの言葉

一休さん名言

頓知(とんち)で有名な「一休さん」。室町時代に活躍した臨済宗の僧一休宗純がモデルとなりました。童話やアニメの題材にもなり、子どもたちから人気を集める一方で、その正体は詩・狂歌・書画と風狂の生活を送った破戒僧とも呼ばれる人物です。

しかし「破戒僧」とまで言われるのは、彼が本当に知恵ある人物であり、ある種の悟りを開いていたからなのです。

今回は、そんな彼の人生観がわかる名言を5つご紹介させていただきます。

人は自分のために頑張るもの

「世の中に我れぞ悟ると自慢して 名利求むる人の多さよ」

この名言は、「人に何かを語るという時点で、それはすでに自分の評判を上げたり、利益を手に入れたりすることを目的としているのだ」ということを気づかせてくれます。

たしかに、人は何かを100%相手のためだけにするということはありません。つまり、誰かに何かをしてあげようという行動は、結局のところ、自分のためにしていると考えられます。

例えば誰かにプレゼントを贈るのも、一見すると100%相手のためのように思えます。しかしそれは「相手に喜んでもらいたい」という自分の欲であるとも言えます。

人を救いたいと思って何かをしようというのも本来は、「自分のためにしている」と思ってするのが正しいあり方のはずです。しかし多くの場合、「人のためにやっている」と思いこんでしまっています。「折角やってあげているのに…」といった不満が生まれてくるのもこのためです。

一休さんの名言は、「何かを成すときは、全て自分のためなのだ」「何かをする方もされる方も、そこまで気を使わなくて良いのだ」ということを教えてくれます。

何事にもとらわれるのは良くない

「経文に気をとらわれてこだわりすぎると、有害なものになる。私も経にとらわれてしまって、犬や猫にも及ばない。犬でさえ仏殿に向かって、何の迷いもなく小便を引っ掛けるのに。」

これは、お坊さんにあるまじき発言であるからこその名言です。たとえ、それがどんなに素晴らしい教えであっても、一つの教えに固執することで、かえって物事を客観的に見られなくなるということです。

本来なら重い話になりがちな内容を、一休さんらしく面白おかしく表現することで「わかる人にはちゃんとわかる大事なメッセージ」を伝えてくれています。決して破戒僧と呼ばれていたことへの弁明という訳ではありません。

世の中のことは表裏一体

「門松は冥土の旅の一里塚、めでたくもあり、めでたくもなし」

「世の中で起こる物事には必ず良い面と悪い面がある。大切なのは、今一体どの面を見ているのかを見定めることである」というのがこの名言の主旨です。

不幸だと思ったことが幸福に転じたり、幸福だと思っていたことが不幸に転じたりするという経験はきっと誰にでもあるでしょう。成功でも失敗でも、「失敗とも言える」とか「ある意味で成功」なんてことが世の中には多々あります。

つまり物事をどう受け取るか次第でその人にとっての幸せが決まるということです。一休さんは「世の中とはそういうもの」と考えていたからこそ、人生を楽しく生きることができたのでしょう。

この一休さんの名言は人生を楽しく生きるためのコツを教えてくれます。

散る間際こそ美しくありたい

「花は桜木、人は武士、柱は桧、魚は鯛、小袖はもみじ、花はみよしの」

この名言は、「花だったら…人だったら…」と何が一番良いものかをあげていったもの。

この名言の一番のポイントはやはり2回も出てくる「花」でしょう。

後ろの方の「みよしの」という言葉が聞きなれない方もいるかもしれません。漢字で書くと「美吉野」と書き、現在の奈良県南部一帯の地名「吉野」をさし、さらには「吉野の桜」を意味しています。

このように「桜」を何度も引き合いに出し、「桜は散り際が美しいもの、武士もまた潔く死に際が潔いもの」というところになぞらえているのです。つまり、「散り際が潔く美しいものが良い」ということを語った名言です。

では、それ以外の桧(ひのき)・鯛・もみじは何なのでしょうか。実は一休さんの遊び心で、本当にただ自分が好きな物を挙げたのだと言われています。

あまり堅苦しい話にならないように、ちょっとした冗談が差し挟まれているところも、名言といわれる由縁です。

評価するべきはその本人

「袈裟が有り難く見えるのは、在家の他力本願」

突飛で奇抜な行動から、仏門への反逆児、破戒僧とも言われた一休さん。その一面が垣間見える名言です。

簡単に言ってしまうと「お坊さんの格好をしているからあがめられているだけであり、その人本人の力なんてそこには無い」という内容。

凄まじい物言いではありますが、彼の生きてきた室町時代の人たちへの率直な思いが表出しています。

この時代には「お坊さんの格好さえしていれば許された」という例も多く、本人の積んだ徳そのものを気にしていた人は少なかったようです。実際、僧侶の家系であったり、お金があったりすれば、お寺の関係者になれ、袈裟を着ることもできた時代でした。

しかし一休さんは、それは本来あるべきものではないと本気で訴えたかったのではないでしょうか?

この名言がただの皮肉ではないことは次の言葉からもわかります。

「釈迦は、生まれつき偉い人のように思われがちだが、元々我々と同じような人間であった。しかし釈迦は6年間苦しみながら修行をとげ、仏となった。そこが我々と違うのだ」

つまり、「本人が何を成したのかが重要である」と語っているのです。

我々はつい役職や立場で人のことを見てしまいがちです。しかしそれは、評価する側にとっても評価される側にとっても、他力本願なことなのかもしれません。この名言は我々が忘れてしまいがちな、「何を成したかがその人の価値である」ということを思い出させてくれます。

まとめ

一休さんの名言5ついかがだったでしょうか?

一休さんは、頭が良くても決して優等生ではありませんでした。それが、彼が生きた時代はもちろん、江戸時代になっても逸話が語り継がれたり、現代になってもキャラクターを「まるく」して使われたりした理由です。

「人生を楽しく生きたい」と思う方に向けて参考になる言葉をたくさん残しています。この機会に興味が沸きましたらぜひ一休さんこと、一休宗純のことを調べてみて下さい。

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