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イザナギとイザナミの国生みと黄泉(よみ)の国の物語

イザナギ,イザナミ
私たちの先祖はどこからやってきたのでしょう。どのようにしてこの国が出来たのでしょう。そんな疑問を誰しも抱いたことがあると思います。8世紀の初め奈良時代に編さんされた『古事記(こじき)』や『日本書紀(にほんしょき)』に、日本の創成期の神々の物語が書かれています。その中から日本の国土や諸々の神を生んだイザナギとイザナミの物語を紹介しましょう。

イザナギとイザナミはどうやって生まれたの?

『古事記』ではイザナギは、伊邪那岐神(イザナキノカミ)・伊邪那岐命(イザナキノミコト)、イザナミは、伊邪那美神(イザナミノカミ)・伊邪那美命(イザナミノミコト)と記されています。

『日本書記』では、伊弉諾尊(イザナギノミコト)、伊弉冉尊(イザナミノミコト)と記されています。

この国の天と地が初めて開けた時、天上の高天の原(たかまのはら)に、天之御中主の神(あめのみなかぬしのかみ)を初め五柱の神が出現し、特別な天の神と成りました。次に国之常立の神(くにのとこたちのかみ)以下神世七代(かみよななよ)が出現し、その最後がイザナギノカミとイザナミノカミでした。

天の神の中には葦の若芽のように勢いよく吹き出して出現したとありますから、イザナギとイザナミもそのようにして出現したのでしょうか。

「イザナ」は誘うという意味で、「キ・ギ」は男性を、「ミ」は女性を表します。この二神が初めて夫婦神となって、互いに誘い合って日本の国土や諸々の神を生みましたので、祖神(おやがみ)と言われるようになりました。

イザナギとイザナミの国生み

イザナギ,イザナミ
そのころの国はまだ稚く、水に浮かんだあぶらのようでくらげのように漂っていました。そこで天の神はイザナギとイザナミに玉で飾った天の沼矛(あめのぬぼこ)を与え、この漂っている国を整えるように命じました。

イザナギとイザナミは天の浮橋(あめのうきはし)に立って、矛で海水をコロコロとかき回しました。矛を引き上げる時に矛先から落ちる潮が重なり積もって「おのごろ島」が出来ました。自然に凝ってできた島という意味です。イザナギとイザナミはその島に降りて、立派な「天の御柱(あめのみはしら)」を立てて、それを囲む広い大きな家を建てました。

男神のイザナギと女神のイザナミは、それぞれの体の特徴を合わせて国生みをしようということになり、天の御柱をイザナギは左回りに、イザナミは右回りに回って出会ったところで交わろうと約束しました。

そして回った時にイザナミが先に「あれまあ、なんて素敵な男性でしょう。」と言い、次にイザナギが「あれまあ、なんて美しい女性だろう。」と言いました。そうして生まれた子どもは骨のない水蛭子(ひるこ)でした。この子どもは葦船に乗せて海に流しました。

国生みに失敗したイザナギとイザナミは天上に上って、天の神の意見を聞いたところ、天の神は占って「女が先に言ったのがよくない。もう一度降りてやりなおせ。」と言いました。

そこで、今度は、イザナギが先に「あれまあ、なんて美しい女性だろう。」と求愛し、次にイザナミが「あれまあ、なんて素敵な男性でしょう。」と応じました。そして淡路島や四国、九州など日本列島を次々に生みました。

〔ここで一言。女性である私(執筆者)は、ここに男性優位の社会を作ろうとしていた意図を見てしまいます。この後、男性神のイザナギがリードしていきます。〕

イザナミの死

国生みが終わって、次に神々を生みました。石や土、風、海、木、山などあらゆる自然現象の神々、船や食物をつかさどる神、火の神を生みました。この火の神を生んだとき、イザナミはやけどをして亡くなりました。イザナギは、イザナミの遺体の枕辺や足元に腹ばいながら嘆き悲しみました。そしてイザナミは出雲の国(現在の島根県)と伯耆(ほうき)の国(現在の鳥取県)との堺の比婆(ひば)の山に葬られました。

黄泉(よみ)の国の物語

イザナギ,イザナミ
イザナギはイザナミに会いたくなり、地下にある死者が住むという黄泉(よみ)の国へ追いかけていきました。黄泉の国の殿の戸口で、イザナギは「愛しい我が妻よ。まだあなたとの国造りが終わっていません。還ってきてください。」と言いました。

するとイザナミは、「残念ですね。あなたが来るのが遅かった。私は黄泉の国の食べ物を食べてしまいましたので、黄泉の国の者になりました。しかし、愛しい我が夫よ、つれ戻しに来てくださったのはありがたいこと。私だって還りたいので黄泉の国の神と相談します。その間決して私を見てはいけません。」と言って殿の中に入りました。

しかし、イザナギは長い間待ちかねて、髪につけていたくしの歯を一つ取って火をともし、殿の中に入っていきました。そこで見たものは、遺体にうじ虫がわいてごろごろしていて、頭や両手両足などに八はしらの雷神がのしかかっている変わり果てたイザナミの姿でした。

イザナギは恐ろしくなって逃げ出しました。イザナミは「私に恥をかかせたな。」と言って、黄泉の国の醜い女たちにイザナギを追わせました。イザナギは髪飾りやくしを投げつけました。髪飾りはぶどうの実に、くしは竹の子に成りました。それを女たちが食べている間に逃げました。

さらに、八はしらの雷神と1,500もの黄泉の国の兵士が追ってきました。イザナギは1mほどの剣で後ろ手に追い払いながら黄泉の国とこの世との境界の急な坂の下まで来た時、そこに生えていた桃の木から実を三つ取って投げつけましたので、ようやくみんな引き返しました。

今度はイザナミ自身が追いかけてきました。そこでイザナギは、千人もかかって引くほどの大きな岩をこの境界線の上に置き、道をふさぎ、絶縁しました。するとイザナミは「愛しい夫よ。あなたがそんなことをするなら、あなたの国の人々を一日に千人絞め殺しますからね。」と言いました。

イザナギは「愛しい妻よ。あなたがそうするなら、私は一日に千五百人を生もう。」と応じました。こうしてイザナミは黄泉津大神(よもつおおかみ)と名付けられ、黄泉の国の主宰神となりました。

イザナギの禊(みそぎ)

黄泉の国から逃げ還ったイザナギは、水で体を清めるみそぎを行います。投げ捨てる杖や帯や衣などから多くの神々が生まれました。そして、左目を洗った時に天照大御神(あまてらすおおみかみ)、右目を洗った時に月読命(つくよみのみこと)、鼻を洗った時に須佐之男命(すさのおのみこと)が生まれました。

天照大御神に高天の原を、月読命に夜の世界を、須佐之男命に海原をそれぞれ治めさせました。国造りはこの三神に引き継がれ、イザナギは淡海(おうみ)の多賀に鎮座しました。

『古事記』と『日本書紀』で相違がありますが、イザナギとイザナミについてこのような神話が記されています。

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ABOUT ME
Written by ゆうこ
卯年、山羊座。元国語教師。趣味は、温泉旅行や食べること。百人一首競技かるたは選手&読手A級。お寺や神社に立つと、幾度もの興亡が繰り返され、再建・再生され、長年月維持し、受け継いできた無数の無名の人々がいたことを思わずにいられません。そういう人々の思いを少しでも伝えられたらと思っています。 共著書:『新渡戸稲造の至言』(新渡戸基金発行)『花ひらく女学校』(女子教育史散策 明治後期編)

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