目次
国のことを理解していたことを感じさせる名言
「不幸な暮らしをしながら私たちに尽くしてくれる人々を見たならば、彼らの幸せのために、これまで以上に身を粉にして働くのが私の当然のつとめです。」
“When the people who devote themselves to us were seen while doing unfortunate living, it’s that it’s natural to devote itself to their happy purpose above up to now.”
マリーアントワネットが実家の母マリア・テレジアにあてた手紙の中で、語った言葉。ここからは、多くの人が想像するような「国民の生活に無頓着な王妃のイメージ」は、微塵も感じとれません。
世間一般では、彼女の常識はずれな金銭感覚とワガママな性格が国を傾けたと言われています。しかし、マリーアントワネットが王妃になったときには、既にフランスの財政は逼迫した状態でした。彼女は何の権限も持たぬ、“飾り”同然だったのです。
むしろ、近年の研究によるとマリーアントワネットは、国のために自分ができることを実行に移していたようです。豪華な衣装を売り払ったり、宮廷儀式を簡素化したりするなどの改革を進めていたと言われています。フランスを傾けた犯人なんかではなかったという見方です。
しかし残念なことに、政治に疎いというのは本当でした。改革を進めようとする姿勢が目障りとなり、貴族内に敵を作る結果を招いたのです。ゆえに、実際の行いとは真逆の人物像に仕立て上げられ、国民に嫌われることになったのです。オーストリアからフランスの王妃として嫁いできた彼女が、完全なアウェーかつ権力もない立場で、やり過ぎたことは否めません。
しかしこの名言からは、実はマリーアントワネットが、フランスの現状を憂い、良くしようとしていたことがうかがえるのです。
良識ある人物だったことを教えてくれる名言
「子どもたちを残していくことだけが心残りです。私が生きてこられたのは、あの子たちと、やさしく親切なあなたがいらっしゃったから。何もかも犠牲にしてくださったあなたを、私はなんという状態のなかに残していかなければならないのでしょう。」
“It’s regret only that children are being left.It’s because kind you had easy with the one which is because there was a child, that I could live.I have to be leaving you who sacrificed everything for the location of the cruel state.”
この名言は、夫国王の妹エリザベート、つまり自分の義理の妹に宛てた遺書の一節にあります。
この言葉の前には、
「私は恥ずべき死刑の判決を受けたのではありません。死刑は犯罪人にとって恥ずべきもの。これはあなたの兄上に会いに行くようにという判決なのです。良心の咎めがないので、私は平静な気持ちです。」
と、マリーアントワネットは書いています。また、彼女はその遺書の中で、
「私に危害を与えた敵をみな赦します。」
とも書いています。つまり実際のマリーアントワネットは、とても良識を持った人物であったことがわかります。
近年の研究では、夫のルイ16世一筋で、夫婦仲が非常に良かったこともわかってきました。子どもにとっても良き母だったようです。彼女の悪評やかけられた容疑も、ほとんどが誇張や捏造であったという報告もあります。
そして今回、名言として抜粋させていただいた部分を見ても、やはりマリーアントワネットが「悪人」だとは到底考えられません。
この名言は、死後も長らくおとしめられてきたマリーアントワネットが、実は良識ある人物だったことを物語っています。
まとめ
マリーアントワネットの真実の片鱗が見える名言5つはいかがでしたでしょうか?
私自身、「パンがないならお菓子を食べればいいじゃない」という言葉の真意を知るまでは、彼女に「悪」のイメージを持っていました。今では、そのイメージは大きく変わりました。この記事を読んでくださった多くの方が、私と同じ体験をされることと思います。
この記事のテーマは、「マリーアントワネットの真実を知ってもらうこと」です。
さらに一歩進めて、この記事を通じて、「人から聞いた情報だけで誰かを判断することの怖さ」にも、考えを巡らせていただけたら幸いです。



