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新撰組沖田総司の名言|病弱天才剣士の性格がわかる5つの言葉

沖田総司 名言

新選組一番隊組長、沖田総司。幕末の有名人が多い新撰組の中でも比較的名前を多くの人が知る人物ですが、「病弱な天才剣士」と言う印象以外のことはあまりご存じないかと思います。

もちろん後生の作品の登場人物として扱われることが多かったために、後付されたイメージの色白の美青年とか、小柄で人当たりの良い人物だったとかそういうイメージを知っている方もいるでしょう。

しかしそうした作られたキャラクターとしての沖田総司ではなく、沖田総司が残した名言と歴史における事実からみた「本当の沖田総司」についてはやはりあまり知られていないのです。

そこで今回は「本当の沖田総司」を感じさせる名言を5つ後紹介させていただきます。

沖田総司の名言に興味はございませんか?

戦場でするべき戦いの考え方

大刀を損じれば小刀を抜きなさい。小刀を損じれば鞘で、鞘を損じれば素手でも戦いなさい。戦場では誰も待ってはくれないのですよ

この名言は沖田総司の名言の中でも比較的有名なものの一つで、戦うことに妥協することを許さなかった彼の性格が垣間見える名言。

沖田総司は基本的に人当たりの良い人物であったとは言われていますが、彼の指導を受けた者が残した証言に寄れば「荒っぽくて、すぐ怒る」とのことで、稽古は相当厳しかったらしく、師範の近藤より恐れられていました。

しかしそれもある意味での戦場に出なくてはいけなくなる弟子に対する沖田総司の優しさでもあったのかも知れません。

それと言うのも「武器がなければ戦えない」が通じるのは稽古やスポーツだけでのことであり、命を掛け合う戦場では武器を持たない相手を切らない戦いなんて期待してはいけませんから「戦う意思を失うこと=死」です。

しかもこの時代の殆どは侍であろうとも戦場を経験しておらず、平和の中で生きているので命の危機に晒されている人間がどれほど残酷で非道になるのかを殆どの人は知らないです。

だからこそ戦場に出る以上は戦う意思を常に持ち、武器がなくても戦う姿勢を持てと厳しく指導したのであろうことがこの名言から分かり、そうした「厳しい優しさ」を持っていた人物であることが分かります。

斬る為には武器ではなく、斬る人物の方が重要

刀で斬るな、体で斬れ

沖田総司のこの名言もまた彼の戦うことへの考え方の断片を感じさせる名言で、人を切る為には武器ではなく、切る人物のほうが重要であると言う思いを感じさせる名言。

新撰組に所属していた永倉新八が後年弟子に「沖田は猛者の剣、斎藤は無敵の剣」と語ったことや、沖田総司の指導を受けた者たちは口を揃えて彼を荒っぽくて怖いと表現したことから分かるように沖田総司は「斬る」事に関してかなり荒々しい一面を持っていました。

しかし沖田総司は普段人当たりの良い人物であったともされており、彼にとってそうした荒々しい一面が必要なことだとして敢えて作り出していた可能性も十分考えられるのです。

その可能性を高めるのがこの名言「刀で斬るな、体で斬れ」でして、沖田総司が指導する際はこの名言を教えたことから、「斬る」と言うことにおいて最も重要なのは斬る人物自身、腕前はもとより心構えや咄嗟にそれが出来ることであると考えていたことを匂わせます。

攻撃されるかもしれない恐怖だけでなく、人が人の形をしたものを攻撃する、ましてや殺すのは正気の状態では脳がその行為に拒否反応を示しますから殆どの人が出来ません。

ではどうしたら人を斬ることがブレーキ無しに出来るのか?

その答えは怒りや恐怖で我を忘れ、正気でなくなったり、自然なことだと認識出来るぐらい体に覚えさせることであり、正に人を斬るのは武器以上に「体で斬っている」と言えるでしょう。

沖田総司は自分がそのことに気がつき、刀を取っては荒々しくなり、容赦なく人を斬り、人にもこの人を斬るために本当に必要なことを知ってもらうためにこの名言を指導する時に教えていたのだとこの名言は教えてくれます。

師への思いの強さ

先生はどうされたのでしょうね、お便りは来ませんか?

この名言は結構有名な言葉でして沖田総司が死の間際にまで自身の師でもあり、上司でもある近藤勇を気にかけていたことを教えてくれる名言。

沖田総司の剣術の形は師匠の近藤勇そっくりで、掛け声までがよく似た細い甲高い声であったという話や、近藤勇や新選組に表立って敵対した者には容赦をしないほど攻撃的になる性格であったと言う話もあり、沖田総司が如何に近藤勇を慕っていたのかが分かります。

また新選組が幕府より「甲州鎮撫」を命じられた時に出陣する際に近藤が沖田総司を見舞うと、普段は明るく強気な沖田がこの時だけは声を上げて泣いたという話もあり、彼らの絆は上司部下、師匠と弟子だっただけではない非常に強いものであったと言えます。

そうした背景があり、沖田総司が体調の悪化に負傷が重なり、療養中にもう長くない身でありながらもこの名言「先生はどうされたのでしょうね、お便りは来ませんか?」を繰り返したと来たら、なんと言うことのないこの言葉を名言であるとした理由が分かってもらえるかと思います。

ちなみにこの言葉は近藤勇の斬首が行われてから始まり、2ヶ月後沖田総司がなくなるまで何度も繰り返されたそうです。

心身ともに弱ったことを嘆いた言葉

ああ、斬れない。婆さん、俺は斬れないよ

この名言は実は沖田総司が残した名言ではなく、小説家の「子母沢寛」による創作であるとも言われているのですが、江戸時代には黒猫を飼えば労咳(結核)が治るとの迷信があり、沖田総司が黒猫を飼っており、それを斬ることさえもできないと嘆いたことをもとにしているともされる名言。

沖田総司は自分の剣の腕に相当自信があった人物であり、その才能は多くの著名な人物に認められていますが、同時に広く知られているように結核を煩い体が思ったようにはだんだん動かせなくなっていきます。

また、「斬る」ことにある種の哲学のような強い信念をを持っていたとさえされているのですが、療養を始めたあたりから精神的にも不安定にもなっており、感情も揺らぎやすかったと言います。

そうしてそんな自分の衰えを痛感した出来事が、彼が猫を斬ろうとした時であり、猫を斬ろうとしても何度も失敗し、その事実に打ちのめされた沖田総司は療養中の付添いをしてくれていた老婆にこの名言「ああ、斬れない。婆さん、俺は斬れないよ」と言ったのだとされています。

天才と評価された自分の腕も、「人殺しの道具」「無闇に人を斬殺する人物」と人から言われるほどの苛烈な攻撃性、戦う意思も衰えた彼がこうこぼしたのは、逆に言えば沖田総司がそれだけ自分の斬るための力を頼りにし、一種依存して生きていたことを教えてくれる名言です。

自分と新撰組の終わりを認識していたドライな所

動かねば 闇にへだつや 花と水

この名言は沖田総司の辞世の句となった名言であり、同士である土方歳三が五稜郭へ向かう決意を込めた歌ヘの返事の歌でもある歌とされるもの。

この名言の意味を簡単に言いますと「戦えないならば、私と土方さんは会えなくなってしまう」と言う意味合いであり、自身を花に土方歳三を水に例えて詠んだ新選組としての活動が出来ない自分の悔しさと寂しさ、そして悲しみを込めたものだと言います。

この辞世の句になってしまった名言で気になるのは、彼がこの歌に込めた感情に自分へのマイナスの感情が中心になっているであろうことと、「闇にヘだつや」と言う表現。

これから戦いに赴くと言う人に対して送るにしては応援するとか見送る感じがこの歌にはありませんし、「闇にヘだつ」は「死して別れる」と言う意味を連想させるとのことで、沖田総司はこの名言を自分と新撰組の終わりを認識して残したのではないかと考えることが出来ます。

実際の所これが沖田総司と土方歳三の今生の別れとなってしまったわけなのですが、そうだとしても沖田総司にはドライな所が根底にあることをこの名言は教えてくれます。

まとめ

沖田総司の名言いかがだったでしょうか?

実は今回ご紹介した名言もまた捏造であるとか、創作であるとされることもあるものでして、実際にそう言ったのかまでは不明です。

しかしそれでも残されているエピソードから考えてみると剣に生きて、新撰組あるいは近藤勇以外のことには関心を抱けなかった人物であると言うのは概ね間違ってはいないでしょう。

結構実態が把握されていない人物ですからこういう人でもあったのだということは頭の隅において欲しいと思います。

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