パワースポット

【六角堂】頂法寺は京都の中心にあるパワースポット!ご利益・御朱印・アクセス

六角堂 京都
頂法寺は、西国三十三所18番札所。京都市街のほぼ中心にあたり、本堂の屋根が六角形であることから「六角堂」「六角さん」と呼ばれて親しまれています。

聖徳太子や親鸞聖人(しんらんしょうにん)ゆかりのお寺で、歴史は古く、ご利益もたくさんあります。京都駅正面玄関前から北に伸びる烏丸通り(からすまどおり)と六角通りの交差点を少し東に入ったところにあり、アクセスもよく、多くの人が訪れます。いけばな発祥の地でもある六角堂の御朱印や見どころをご紹介します。

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頂法寺(ちょうほうじ)・六角堂とは

六角堂 頂法寺
山号:紫雲山(しうんざん)
寺号:頂法寺、別称 六角堂(ろっかくどう)
宗派:天台宗(単立)
本尊:如意輪観世音菩薩(にょいりんかんぜおんぼさつ)
開基:(伝)聖徳太子

縁起によりますと、飛鳥時代、聖徳太子が四天王寺を建立するための用材を探してこの地にやってきました。

太子は清らかな池を見つけ、沐浴をするために、念持仏の如意輪観音像(5.5㎝)を木の枝の間に置きました。すると観音像が離れなくなり、「自分はこれまで太子を守護してきたが、これからはこの地にとどまって衆生を救済したい」と告げたのです。

そこで太子は六角のお堂を建て、如意輪観音像を安置しました。これが六角堂の始まりと伝えられています。

六角堂・山門

西国18番・六角堂・山門
通りに面して建つ風格のある山門が、ビルに囲まれた境内への入り口です。山門前の通りは六角堂にちなんで「六角通り」といいます。

室町時代1461年の飢饉のとき、この門前で炊き出しが行われました。
応仁の乱(1467~1477)以後、京の町は上京と下京に分かれ、六角堂は下京の町衆の集会場、町堂(ちょうどう)となりました。

江戸時代末までは、祇園祭の山鉾巡行(やまほこじゅんこう)の順番を決めるくじ取り式も六角堂で行われていたそうです。

六角堂・手水舎

西国18番・六角堂・手水舎
山門を入って左にあります。

六角堂・本堂

西国18番・六角堂・本堂
山門を入るとすぐ正面が本堂です。六角形の屋根を二重に重ねて、手前に入母屋造り、千鳥破風付きの礼堂が設けられています。

数えられるだけでも18回もの災害に遭っています。しかし、そのたびに町衆の力で再興されてきました。現在のものは、1877年(明治10年)に再建されたものです。

六角堂・ご本尊

西国18番・六角堂・本尊御影
ご本尊は、聖徳太子ゆかりの5.5㎝の如意輪観世音菩薩坐像で、秘仏のため内陣の厨子の中に安置されています。厨子の左側に毘沙門天像(重要文化財)、右側に不動明王像が安置されています。

お前立は約1.5mに大きくした木像で、6本の手で六道(地獄道や餓鬼道など)に迷う衆生を救ってくださいます。宝珠と法輪を持ち、頬杖をついて救済策を思案しているお姿です。

衆生の苦しみを救い、その名前の「意の如く」、それぞれのあらゆる願いごとを叶えてくださる観音様です。特に、延命長寿、病気平癒、子宝授け、安産、魔除けなどのご利益があります。

六角堂・なぜ六角?

六角堂 京都
六角は、六根(眼・耳・鼻・舌・身・意)によって生じる六欲のことです。これらを捨て去って角をなくし、円満になること。つまり「六根清浄(ろっこんしょうじょう)を願う」という祈りを込めた形なのです。

ご詠歌「わが思う心のうちは六(むつ)の角(かど)ただ円(まろ)かれと祈るなりけり」にそれが歌われています。

六角堂・六角の屋根が確認できるビュースポット!

西国18番・六角堂
境内つづきに「WEST18」という10階建てのビルがあります。3基のうちの左端のエレベーターは透明ガラスで眺望できるようになっています。

上から見ると六角形の屋根が重なっているのがよくわかります。ちなみにこの写真は、最上階の廊下の窓から撮らせていただきました。本堂の左の方にこのビルへの入り口がありますので、ぜひ上から見てください。一見の価値あり!

ビルの名前は、西国三十三所の第18番札所であることからつけられたそうです。

六角堂・聖徳太子沐浴の池、太子堂

六角堂 太子堂
この屋根の写真の左手にある池に、聖徳太子が沐浴をしたという古跡の井筒があります。その奥の朱塗りの小さなお堂が太子堂です。2歳、16歳、騎馬の三体の太子像が安置されています。

六角堂・縁結びの「六角柳」

六角堂 六角柳
本堂前にある柳は、「六角柳」と呼ばれ、枝を2本寄せておみくじを結ぶと良縁に恵まれるそうです。

西国18番・六角堂・本尊御影
こんな伝説があります。平安時代の初めのころ、嵯峨天皇が妃になる女性を探していました。すると、夢に六角堂の如意輪観音が現れ、「六角堂の柳の下を見てみなさい」とお告げがありました。使いの者が行ってみますと、果たして、柳の下には美しい女性が立っていました。そこで天皇はただちにこの女性を妃に迎えました。

この話から六角堂の柳に願をかけると良縁に恵まれるといううわさが広がり、「縁結びの六角柳」と呼ばれるようになったのです。

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ABOUT ME
Written by ゆうこ
卯年、山羊座。元国語教師。趣味は、温泉旅行や食べること。百人一首競技かるたは選手&読手A級。お寺や神社に立つと、幾度もの興亡が繰り返され、再建・再生され、長年月維持し、受け継いできた無数の無名の人々がいたことを思わずにいられません。そういう人々の思いを少しでも伝えられたらと思っています。 共著書:『新渡戸稲造の至言』(新渡戸基金発行)

POSTED COMMENT

  1. 鈴木政雄 より:

    いつもながらよく勉強されていますね。街中の狭い敷地に由緒あるお寺が現存している事流石に京都を感じます。
    せんだって、TVで生け花池坊の特集の放映をみました。詳しいあなた様の記事で色々思い出しました。
    ビルの上からの六角堂の写真良く撮れていますね。次の記事も楽しみにお待ちしております。

    • Written by より:

      ご訪問ありがとうございます。TVの生け花池坊の番組は見逃してしまいました。残念です。昨年の映画『花戦さ』は見ました。六角堂が町衆の拠り所となっていたことや、それ故に妨害されたりしたことも知りました。いろいろ歴史やいわれを知って訪ねると、楽しさも倍増しますね。
      ビルの上からの写真はドキドキしながら撮りました。懐かしい思い出です。

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