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斎藤道三 名言|人を見抜く先見性が抜群な5つの言葉

斎藤道三 名言

美濃のマムシとも言われた斉藤道三。

下克上大名の典型であり、名もない境遇から僧侶、油商人を経てついに戦国大名にまで成り上がった人物だとされるこの人物ですが、「信長の義理の父」と言う面や一部の名言だけが取り上げられやすく、非常に有能な人物なのですがややマイナーな扱いを受けることが多いです。

そこで今回はそんな斉藤道三の有能さを知ってもらうため彼がどんな人物であったのかを知れる名言を5つご紹介させていただきます。

斉藤道三がこんな人物だとご存知ですか?

信長の力を見抜いて一言

「山城が子供、たわけが門外に馬を繋ぐべき事、案の内にて候」

この名言は自分の娘を嫁がせた信長に相対した後に家臣に語った一言。

この名言の意味は簡単に言うと「ウチの一族はみんな信長の所の部下になる」と言うものであり、信長の実力を斉藤道三が見抜いたことを意味する名言です。

ことの始まりは斉藤道三が信長と会見した時のこと。

自身のほうが圧倒的に各上だと思っていた思っていた斉藤道三は800人ほどの部下を正装で待機させて待っていると、信長はそこへ正に「うつけ」と言うのに相応しいだらしない格好で現れました。

しかし信長が引き連れた兵は1800人の職業軍人で構成され、最新装備の鉄砲500丁に、実践的ながらも見栄えのする槍で武装した集団であり、相当の戦力差を斉藤道三は感じたと言います。

そしていざ会見をする時には信長はキッチリとした正装を着こなし、斉藤道三が現れ挨拶するまで座敷に座ることもしない態度を見せ、斉藤道三は信長を非常に高く、それこそ自身の一族たちよりも各上であると判断したと言います。

軍事でも政治でも信長には力があると見抜いた斉藤道三は「一流を知る一流」だったと言えるでしょう。

時代の先を読む先見性

「虎を猫と見誤るとはワシの眼も老いたわ。しかし当面、斉藤家は安泰」

この名言は斉藤道三が統治した時代の末期に彼がこぼしたとされる名言。

1556年、息子である斉藤義龍が土岐家に恩のあった家臣達や権力者達の支持を受け、斉藤道三に対してクーデターを実行。

斉藤道三からしてこの息子は大した人物ではないと思っていたのですが、瞬く間に他の兄弟を討ち、斎藤道三が軍勢を集める前から根回しをしていたらしく、家臣の多くが義龍の側につくことになり、多勢に無勢すぎてもはや戦える状態ではないようにまでしたのです。

だからこそ斉藤道三は彼のことを「虎」であり、自分は彼を「猫」だと見誤ったと後悔の言葉をこぼしたのです。

しかし彼は自分のした選択肢は大筋では間違ってはいなかったとも続く言葉で語りました。

なぜなら彼はこの後悔の言葉をこぼす最後の戦いに望むより前、信長への「美濃一国譲り状(美濃の国を譲り渡すと言う書状)」 を織田家へ届けさせており、目の前の「虎」と評した人物よりもそれでもまだなお、娘を嫁がせた信長のほうが上だと判断していたからです。

信長に託した思い

「美濃国の大桑においては、終には織田上総助の存分にまかすべく、譲状、信長に対し遺はすその筈なり」

この名言が斉藤道三の最後の策略でもあり遺言状「美濃一国譲り状(美濃の国を譲り渡すと言う書状)」の中に記されていたとされる名言。

意味合い自体は今風に言うなら「自国の全てを織田信長に任せたいと思い、この国を信長に正式に譲渡する」と言った感じの内容です。

これがどれだけ凄いことなのかピンと来ない人もいるかもしれませんが、自分が生きている間に自分や家族の持つ全財産や持っている利権を直接は殆どあっていない相手に渡したと言えば分かるでしょうか?

それぐらい自分の子供たちよりも、信長の方が自分の国のことを任せられると判断し、不穏な空気が立ち込め始めた段階で彼に正式に譲渡してしまった方が斉藤家のためにもなると判断したと言うことは凄いことです。

しかも託す相手は世間ではうつけと呼ばれ、非常に評価が低く、いまだ国力も大したことのない信長と言うこともあり、こんなことを彼が真剣に考えていると家臣に知られたらこの判断の再考を必死で求められるか、最悪裏切られるかしかねないようなことであり、一歩間違えれば非常に危険な行動でした。

しかし皆様ご存知の通り、織田信長とその妻である斉藤道三の娘、濃姫とも言われる人は後生に知れ渡り、斉藤義龍は知る人が少ないマイナーな存在になっています。

そのためこの名言のような思い切った判断が出来る斉藤道三はしっかりと時代の先を読める人物であったことが分かります。

パフォーマンスでの売り込み

「油を注ぐときに漏斗を使わず、一文銭の穴に通してみせます。『油がこぼれたら』お代は頂きません」

この名言は斉藤道三がまだ油商人をしていたころの商売の持ちかけの時に良く言っていたという名言。

斉藤道三は油商人の時に自分の油を売るとき、この名言どおりのある種のパフォーマンスを披露することで3つの得を手に入れていたと考えられます。

一つは彼が持ちかける油が売れやすいこと。

相場よりも少し高い値段であっても、このパフォーマンスを見るための費用として、また人によってはもしかしたらタダになるかもと言う気持ちから人は彼から油を購入したと言われており、このパフォーマンスを商品に添えて稼ぐ考え方は当時では画期的なものだったと言います。

またこうしたものに興味を持つような人間を選んで取引していたことの言い訳が立ちます。

商人は不平等なイメージをもたれると売れ行きが落ちますが、「これが売りなのだ」と言えばそうした印象も与えにくいです。

そして実際のところはこうしたパフォーマンスにお金を払うと言う人物は余裕のある人物ですし、言葉は悪いですが貧乏人にはそんなものを楽しむ余裕はありませんし、タダになるかもと思って敢えて来たような人からは怨まれたところで周りが自業自得と思うもの。

つまり自身のやっていることをキッチリと正当化できたというわけですね。

最後の一つはこの名言そのものに意味があり、ようは「こんなことをやっているやつだ」と非常に分かりやすく、自分を人に認知させることができたと言うところ。

こんなことをする油商人ということで名前が売れた所もありました。実際にこんなことをしていたからこそある時油を買った土岐家の武士から「油売りの技は素晴らしいが、所詮商人の技。この力を武芸に注げば立派な武士になれるだろうが、惜しいことだ」と言われ、言質を取ったと言わんばかりにその後武芸の腕を披露することでうまく武士にまでなりました。

そんな彼の下積み時代の知恵を感じさせるのがこの名言です。

現実と戦う思想

「身を捨てて、この世の他に生きる世なし。いづくか終(つい)の住処(すみか)なりけぬ」

この名言は斉藤道三の辞世の句。

この名言の意味は「死んでしまえばそこで終わり。安住の土地なんてどこにもあるわけもない。」と言ったもの。

僧侶でもあった斉藤道三ですが、戦乱の世の中を生きると言うことがどれほど大変なことであり、かなり現実をしっかりと見つめていた人物であったようで、辞世の句まで理想を語ることなく、自分を戒めるような名言を残しているのです。

当たり前のことですが輪廻転生だとか死後の世界があるのだとしても、結局今の世界以外に人は認識できず、「自分だ」と認識して生きることが出来るのは「今」だけです。

だからこそ、今を何とかするために全力を出し、今をより良くしようとしなければならず、終わる時や、終わった後のことなんて考えても仕方がありません。

斉藤道三とはそうした現実と向き合い最後まで戦って散った人物なのです。

まとめ

斉藤道三の名言5ついかがだったでしょうか?

本当は結構彼を題材にした作品もあるのですが、三英傑や武田信玄・上杉謙信はもちろんのこと、真田幸村や黒田如水などの目立った武将や軍師などよりもマイナーであると言わざるを得ません。

今回の記事で斉藤道三が相当に有能な人物なのがそれとなく分かっていただけたら幸いです。

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