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真田幸村名言|利益で物事を判断しない武将の言葉

真田幸村 名言

真田幸村こと戦国武将の真田信繁(さなだ のぶしげ)は「日本一の兵(ひのもといちのつわもの)」と評されるまでに至った武士の鑑とも言える人物。

やはり日本人として生まれたからにはそうした武士や侍と言う物に憧れる人も少なくはないと思いまして、今回はそんな日本人らしさの一面を象徴した真田幸村の名言を5つ御紹介させていただきます。

侍のあるべき一つの形を見せた真田幸村の名言に興味ありませんか?

得られる利益では変えられない人の思い

「十万石では不忠者にならぬが一国では不忠者になるとお思いか」

この名言は真田幸村が徳川家康に懐柔を受けた際に発した名言。

最初の提示した条件が徳川方の味方につけば十万石を与えるというものでしたが真田幸村はこれを一蹴。徳川家康はならばと条件を更につりあげ、今度は信濃一国をあてがうから味方につくようにと再度説得に乗り出します。

しかしコレをこの名言「十万石では不忠者にならぬが一国では不忠者になるとお思いか」と再び一蹴。

真田幸村は忠義の士として知られており、利益で物事を判断していなかったからこそこの申し出を蹴ったわけであり、ようは「金の問題ではない!」と言って見せたわけです。

そもそも利益で動くの様な人物ならば下手をすると一国全体で10万石を切る国があると言う中の、10万石と言う条件の時点で動いたであろうはずであり、その段階で蹴ったのだから10万石を越えるような条件を提示したところで乗るわけがないと言う意味をこの名言は持っており、真田幸村は自分の覚悟を示すとともに、利で誘おうとした徳川家康に対する強烈な批判も込めたと言われています。

この名言からはそんな武士は利で動くものではないと言う姿勢を感じ、お金以上に大事にするべきものがあることを教えてくれます。

結果が決まっていたとしてもやれることはやる

「今はこれで戦は終わり也。あとは快く戦うべし。狙うは徳川家康の首ただひとつのみ」

この名言は真田幸村が「日本一の兵(ひのもといちのつわもの)」と評される切欠になった彼の最後の特攻の前に語ったとされる名言であり、結果が決まっていたとしても自分の役割を果たそうとした姿勢を感じさせる名言。

戦国時代最後期の戦い大阪夏の陣において徳川の勝ちが決まった後も真田幸村は戦意を失うことなく、この名言を残し、合わせて10部隊以上の徳川勢と交戦しつつ、後方の徳川家康本陣に向かって突撃し親衛隊・旗本・重臣勢を蹂躙しつつ家康本陣に突入し、総大将徳川家康に自害を覚悟させたと言います。

もちろん結局圧倒的戦力差を前にして彼の率いた軍勢は押し返され敗北しますが、それでも自分が与えられた役割をはたさんと最後まで戦い抜くさまは、結果が見えていたとしても全力でやってみせることの大事さを教えてくれ、味方側からでなく、敵方から「日本一の兵(ひのもといちのつわもの)」とまで言わせたのです。

この名言と彼の最後の行動は、そんな最後まで自分のやると決めたことをやりぬく姿勢の尊さを教えてくれます。

人は活きてこそ生きている

「この幸村、ただ命を長らえているだけの処を召し出され、武士としての面目を立てて頂いた身、このご恩土地や金子などに到底変えられない」

この真田幸村の名言は彼が正に武士としてあろうとしていたと言うことを確信させる名言であり、人は「活きて」こそ「生きて」いると教えてくれる名言。

キリスト教で言うところの「人はパンによってのみ生きるのにあらず」と似たようなところがこの名言にはこめられており、ただ生命活動しているからと言ってその状態を生きているとは誰もが素直に思えないこと。

意思を持って何かをするということが出来てこそ、生きているという実感を本人が持てている時こそ、本当の意味で生きていると思えるものであり、自分を活かしてくれると言うことは自分を生かしてくれていることでもあると言えます。

そういうことをしっかりと理解し、自分を武士としてくれた相手である武田信玄に対しても、豊臣秀吉に対しても正に命をささげる覚悟を持って使えるという、ブラック企業も真っ青な忠義を貫いたと言えるわけです。

本当の意味で自分を活かしてくれている相手って考えたことありますか?

それは結婚したパートナーかもしれませんし、親兄弟かもしれませんし、親友なのかもしれませんが、今生きているということは、殆どの場合誰かに生かされていると言う事をこの明言は考えさせてくれます。

物事に決まっていることなどない

「定めなき浮世にて候へば、一日先は知らざる事に候」

この名言は真田幸村が義理の兄に当てたとされる手紙の中で語られた物で、彼の最後に向けての覚悟を示した物だと言います。

「定めなき浮世にて候へば、一日先は知らざる事に候」とは簡単に言えば「世の中には絶対と決まったものはないため、どうなるかなんて私自身にも分かりません」というもので一見すると楽観的なことを語ったようにも見えますが、この手紙がしたためられたのは大阪冬の陣が終わった後。

まったく歴史に興味のない方にはぴんと来ないかもしれませんが、ようは戦略面以前の問題で圧倒的な大敗をして不平等な講和を結ばされるところで真田幸村はこの名言を残したのです。

それはつまり、そんな状態でもあきらめずに精一杯の悪あがきでも抵抗してやろうと言う気持ちがこめられていた一言であり、わずかな望みにでもかける強い意志の現われであったという風に考えるのが妥当です。

圧倒的に不利で心が折れてしまいそうなときでも、希望を信じやりぬくことは中々誰もが出来る物ではありませんし、実際この名言だけでなく、その姿勢をこの名言を残した翌年の大阪夏の陣でも見せた真田幸村は正に忠義の武士といえる人物であり、その姿勢は見習いたいと思わせます。

出た結果は潔く受け入れるべし

「人の死すべき時至らば、潔く身を失いてこそ勇士の本意なるべし」

真田幸村のこの名言は見ての通り、武士は死ぬと決まった状態になったら潔く死ぬべきだと言うもの。

実際に真田幸村も最後の時は戦場で迎えたのではなく、大阪夏の陣の後で四天王寺近くの安居神社の境内で傷つき疲れた身体を休ませていたところを発見され、「儂の首を手柄にされよ」との最後の言葉を残して討ち取られたと言います。

豊臣政権の崩壊が決まっても必死で悪あがきのように抵抗し続け、己の忠義を貫こうとしてきた真田幸村にはこの名言はあまりしっくり来なかったのですが、それは単純に他の人よりも諦めが悪かったからとかではなく、死ぬ覚悟は持っていながらも結果的に彼が生き残ったからそう見えるのでしょう。

命ある限りは、まだやれることがあるうちはあきらめることなく、しかし本当に何も手を尽くせることがなくなったならせめて潔く。

正に私たち日本人がイメージする武士のあり方だとは思いませんか?

この名言はそうした真田幸村が見せた最後の姿と合わせて私たちに侍の生き方というものを教えてくれる名言であると言えるでしょう。

まとめ

真田幸村の名言5ついかがだったでしょうか?

おそらく戦国時代の中でも最も武士らしい武士と言えるのがこの人物であり、今なお大名ではなくとも、敗戦のほうが圧倒的に多くとも名前が広く知られている理由の一つではない顔思います。

侍や武士と言う言葉に魅力を感じた方はぜひとも一度彼のことを調べてみることをオススメします。

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