スピリチュアル

大切な人の死を怖いと思わず向き合う7つの段階

大切な人の死

地球に生まれ落ちたものが平等に与えられることに「死」と言う世界があります。

その死がもしあなたの大切な人に訪れる事になった時、「怖い」と感じる方がいると思います。死への怖さと失う怖さです。その時は必ずやってくるのです。

あなたはその死をどう受け止めますか?







大切な人の死を怖いと思わず向き合うには

皆が平等に与えられる「死」は必ず通る道です。そして死を怖いと感じることは決してネガティブな感情ではありません。それは大切な人の死の経験により深く感じられます。それでは一つの例として私が体験した『送る側』の死への感情をお話して行きましょう。

先立たれるのは残された者に気づきを与えてくれる

スピリチュアルな世界によく用いる言葉で『気づき』があります。色々な気づきがありますが例えるならネガティブな感情を持った自分を憎むのではなくその感情をも受け入れ与えてくれたことに意味があるとか、怖い経験をした時、次は回避できることを学んだと思う考え方です。

今回のテーマ死は実在する場所の様に生きている間は決して見る事はできませんよね?死があるからこそのものだからです。

ただ想像し「怖い」と怯えていた死のイメージは他人のではなく、大切な人の死によって全く違った感情を生み出すことがあります。つまり気づきが訪れるのです。その気づきは怖いという感情を打ち消すのではなく、「怖い」という感情から学ぶものがあることを教えてくれます。

命の長さは誰にもわからないもの

病により余命が告げられた時、告げられた家族は「何故あと何か月、あと何年と言えるのだろうか・・・」と疑問を持つ方もいるでしょう。私もそうでした。

病は気からという言葉があります。人は気持ち一つで病さえも克服できる力を持っているのです。あんなに死とは怖いものと思っていた感情は告げられたことで「なぜ?」と疑問を持ち、怖いよりも治る奇跡を信じようと思うのです。家族一人一人の願いが一つになり、協力し合うことにより今までよりもっと繋がりが深くなったのです。

生命の誕生は素晴らしいことだと思いませんか?そして不思議だと思いませんか?信じて願ってみましょう。願う心はきっと死が訪れた後に自分に科せてしまう後悔を和らげてくれます。そして一つ気づくのです。怖いという感情は願うという希望に変化したということに。

死にゆく人が準備を始めます

死を受け入れる準備が整うと体は浄化し始めます。それは静かに穏やかに進んでいくので、周りは気づかないこともあります。治療過程の一つだと思うかもしれません。

あまりに静かに進んでいくので回復に向かっていると思い、安堵の気持ちにさえなります。浄化が始まると眠る時間が増えていき、見送る人との会話も徐々に減り寝顔を見つめる時間が増えていくのです。見つめながら手を握ったり相手の体に触れたりするのはきっと本能なのかもしれません。

わだかまりがあったならその関係のリセットの時なのかもしれません。お互いの浄化はシンクロし、涙が止まらなくなることもあります。涙こそ最大の浄化作用です。そんな時は流れるだけ涙を流しましょう。死と失う怖さを涙と共に浄化させましょう。深呼吸も浄化にとてもいいのです。新鮮な空気をイメージして吸い、息を吐く時には浄化させたいものを体の外に出すイメージです。ここでは怖い感情を吐き出します。

時が進むと新しい怖い感情がわく

時は止まりません。死を受け入れる時がやって来ます。眠ったまま呼吸が弱くなり静かにその時がやってきます。ただ眠っているだけと思えるほど安らかにその時が来るのです。寝顔を見る時間が長かった家族は死と言うより、楽になって良かったねと思うのです。よく頑張ったと褒めてあげるのです。そして失う怖さが何だか自分のわがままだった様に感じます。辛い痛い思いをするなら、もしかしたら死は最期ではなく始まりなのではないかと。

死ぬことを旅立つといいます。そして棺桶に入るときも旅支度をさせます。死が怖い、失うのが怖いと思っていては旅立ちの門出にはならないのかもしれません。ですから死が最期と思わず始まりと考え、怖い感情は少ししまっておきましょう。怖いを打ち消さずしまうだけでいいのです。

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SPIBRE編集部

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