西新宿にある新宿熊野神社をご存知ですか。都庁のすぐ近くにあるとは思えないほど、心が静かになる神社なのです。
新宿熊野神社といえば話題になったご利益があり、今では新宿のパワースポットとも呼ばれています。
そんな新宿熊野神社の気になるご利益や御朱印、見どころについてご紹介します。
目次
新宿熊野神社の御朱印の特徴
新宿とは思えないひっそりとした場所にある新宿熊野神社はコンパクトな境内の中にも、神聖な雰囲気のあるご利益神社です。
もちろん御朱印も用意されているので、御朱印巡りをしている人にも訪れて欲しい神社ですね。
新宿熊野神社の御朱印は拝殿に向かって右側にある社務所でいただくことができますよ。御朱印をいただくことができる時間は午前9時から夕方17時までです。
御朱印帳は販売していないそうなので、自分の御朱印帳に書いていただくか、紙に書いてあるものをいただきます。
新宿熊野神社の御朱印はシンボルでもある八咫烏のいる特徴的な御朱印になります。
中央には新宿熊野神社と社名が書かれていて、その右上に「十二社」と書いてあります。
更に社名の朱印と八咫烏の朱印が押されています。この八咫烏の朱印が新宿熊野神社の御朱印の1番の特徴です。社名は書いていただく方によって、美しい楷書であったり、味のある達筆であったり様々な所も、いただくまでのお楽しみですね。
新宿の真ん中にある新宿熊野神社なので、主にビジネスマンが参拝に訪れるのを見かけます。休日よりも平日の方が人出があるビジネス街ならではの神社です。ですから、平日の日中は以外にも参拝者が多く、社務所が混み合う可能性があります。
ゆっくりと新宿熊野神社を参拝してご利益をいただくなら休日がおすすめです。
新宿熊野神社の歴史

ご利益ありの新宿熊野神社の建立は室町時代にさかのぼります。
立てたのは中野長者と言われた商人の「鈴木九郎」という人です。
熊野神社といえば総本社は、熊野三山です。熊野三山とは、熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社の3つの神社の総称で、全て和歌山県にあります。鈴木九郎は和歌山県出身だったので、故郷を偲んで熊野神社を建てたと言われています。
そうやって建てられた新宿熊野神社の創建後、鈴木九郎の商売はますます繁盛しました。そのご利益を見た周辺の人々は、熊野三山のご祭神である熊野権現が熊野十二所権現と呼ばれているように、十二所権現すべてを新宿熊野神社にお祀りしたそうです。
全国にある熊野神社、十二所神社はここから信仰が広まったんですね。主祭神は櫛御気野大神(くしみけぬのおおかみ)、伊耶那美大神(いざなみのおおかみ)が祀られています。古くから運気を上げるご利益があると評判でした。
1716年~1735年には八代将軍徳川吉宗が鷹狩を機会に参拝するようになりました。江戸時代になると幕府による社殿の整備や修復が何回も行われています。
滝や池を擁した周辺の風致は江戸西郊の景勝地として知られていて、文人墨客も多数訪れてご利益を手にしたと言われています。
新宿熊野神社の見どころ

新宿熊野神社の見どころをご紹介します。まずは拝殿と本殿です。
新宿熊野神社はご利益をいただくにはピッタリの静かな神社です。自然と目を引く拝殿・本殿は新宿熊野神社のシンボルであり、参拝する人の願いを引き受けるための貫録がたっぷりです。
拝殿やその周りには守り神である八咫烏の姿を見ることもできます。
静かで心地よい空気の中で手を合わせれば、とても神聖な気持ちになること間違いなしです。
1851年に建てられた十二社の碑はここ十二社の池が、池や滝を擁した江戸西郊の景勝地であることを記した記念碑です。
幕末期に江戸市中の様子を記した「江戸繁盛記」を著した儒学者寺門静軒と、中野宝仙寺の僧侶負笈道人により、当時名高かった景勝地十二社の様子を紹介したもので、表面には負笈道人の撰になる碑文と、寺門静軒による漢詩が刻まれています。歴史的にも価値の高い碑石です。
1773年に当時の若手歌舞伎役者の吾妻富五郎と大谷谷次が奉納した大絵馬が「七人役者図絵馬」です。板地着色で、縦136センチ、横180センチ、図柄は桜の大木の下に七人の歌舞伎役者の扮装姿と十二支の動物が描かれています。この絵馬の作者一筆齋文調は、江戸時代中期に優れた役者絵馬を描いた浮世絵師なのだそうです。拝殿内に掲げられています。
本殿右奥の末社大鳥三社にある狛犬が珍しいです。
通常の狛犬は腹下部分がくりぬきになっていると思いますが、こちらの狛犬は腹下部分がくり抜かれていない珍しいものとなっております。
享保12年(1727)に「角筈村上野百姓店児講中」によって寄進されたものだそうです。