
人間として生まれた以上、いつかはこの世を去り、死後の世界へと旅立つことになっています。
そんな世界があるかないか、それを信じるか否かは別として、いったい死後の世界とはどのようなものなのか、というのは少し気になりませんか?
しかもその死後の世界の考え方が、文化や国によっても多少異なってくるようなのです。
死後の世界とは

人間がこの世を去るとき、その肉体はやがて消滅することになっても、魂(霊魂)や意識は残ると考えられています。
そしてその魂は別の世界、次元、場所へと移動、やがて転生するという考えが色々な文化や宗教では考えられています。
この死後の魂がゆく場所こそが「死後の世界」なのです。
死後の世界が実際に存在するか否かは、科学的には証明されていません。
しかし古くから各国の文化や宗教においては、死後の世界が語り継がれており、多くの人が死後の世界の存在を信じているのです。
また研究者による死後の世界の探求も続いており、臨死体験や死後の意識の研究を通して、死後の世界には、肉体は持たない意識というものが存在するという報告もなされています。
日本における死後の世界は、仏教における輪廻転生、日本神話における「黄泉の国」、そして神道における「霊界」などが、混ざり合って存在しています。
仏教では死亡後49日間は、親族により7日ごとの供養を経ることで成仏し、その後は輪廻転生して新しい生を受けるか、あるいは魂がすべてを卓越した状態にあるものは、極楽浄土へ行くとされています。
神道においては亡くなった人の魂は、祖霊となって子孫を見守る守護霊のような存在になると考えられています。
日本神話における死後の世界―黄泉の国は、死者が行く暗い地下に泉のある世界とされています。
それぞれの信仰によって、どんな死後の世界があるか変わってくるわけですが、一般的には死後の世界を信じる人と信じない人と、またどっちかよくわからないという人が混在しています。
ただ死後に自分が行く場所は、現世のカルマに基づくものであるという概念は持っている人が多いようです。
仏教における死後の世界

仏教における死後の世界は、普通亡くなった人の魂は、死後49日をかけて生前自分が作ったカルマに基づいて、どの死後の世界に向かうかが決まると考えられています。
この49日の間は、魂があの世とこの世を行ったりきたりしているそうです。
その行先は大きく分けて、苦しみのない『極楽浄土』と、六道を次々と巡る輪廻転生に分かれています。
六道には、6つの死後の世界があり、最低の場所が地獄道(じごくどう)で、苦しみが絶えない最悪の世界なのです。
その次が餓鬼道(がきどう)。これまた飢えと渇きに苦しみ続けなくてはならないという、辛い世界。
そのあとに続くのが畜生道(ちくしょうどう)で、弱肉強食の世界であり、本能のまま生きる動物などの世界です。
そして修羅道(しゅらどう)は、絶えず怒りや争いが起こる世界。
その次が人間道(にんげんどう)で、なんらかの悩みや苦しみはあるものの、仏の教えに従うことで、悟りを目指せる世界。
そして最後が天道(てんどう)で、六道の中で最も幸福な世界なのです。
この中のどこに行くかは、生前の行い次第なのです。
死後の世界の中の極楽浄土とは、煩悩や汚れのない清らかな仏の住む世界であり、この世に輪廻転生を繰り返して悟りを開いた人たちの魂が移ることのできる場所なのです。
ヒンドゥー教における死後の世界

ヒンドゥー教においても死後の世界は存在し、肉体が死んでも魂は永遠に存在し、何度も生まれ変わると考えられています。
また仏教と同じく、生前の行いが死後の世界の行き先を決めるとされる「カルマの法則」が存在しています。
ヒンドゥ―教には『死の神ヤマ』という、死人の魂を裁く裁判官の役目をする神が存在します。
今世で罪深かった人は、縛りあげられてヤマの国(死後の世界)に連れていかれ、成績優秀・品行方正だった魂は、丁寧に扱われながらヤマの国へと案内されます。
それぞれの魂は神ヤマの審判を受けて、新しい体に輪廻転生するのです。
過去世で悪行が多かった魂は、動物に生まれ変わったり、貧しい家に生まれ変わって苦労をさせられてしまいます。
何度も輪廻転生を繰り返したあとには、最終的なゴールの『モークシャ』という、自由・解放・悟りの場所が設けられています。
このモークシャは、仏教で言う極楽浄土にあたるわけです。
キリスト教における死後の世界

キリスト教における死後の世界とは、カトリックかプロテスタントかにより、多少の違いはあるようですが、基本的には天国か地獄かのいずれかになります。
キリスト教においては、輪廻転生はなく、人生は一度きりとなっています。
人間の死後、ただちに神による審判が行われ、神への信仰の程度や行いなどが審査されます。
そこで天国に行くのか、地獄に落ちるのかを決められてしまうのです。
カトリックにおいては、天国に行く前に犯した罪を浄化する場所、煉獄(れんごく)に行くことになります。
輪廻転生を認めないキリスト教ですが「復活」という、キリストが処刑後3日目によみがえったという出来事に基づき、神の力により新しい魂と体を与えられて、まったく新しい存在になることもできるという考えもあります。
キリスト教を信じて頑張ることで、復活することもあり得るという希望を与えられるというわけです。
エジプトにおける死後の世界

エジプトでは死者はミイラとして肉体を保存し、神々の審査を受けて合格すれば、再びこの世に命を得られると考えられています。
実は『死者の書』というものが古代エジプトには存在し、埋葬されるときにミイラと共に棺に納められていたのです。
試練に満ちた死後の世界を旅しながら、邪悪なものや困難から身を守り、やがて神々からの許しと審判を得て、この世に復活するための命を得るのに必要な呪文が、この『死者の書』には書かれています。
『死者の書』は、美しい神聖な象形文字であるヒエログリフが使われています。
この文字には神秘的なパワーが宿るとして、神殿や王家の墓などにも刻まれています。
ヒエログリフと美しい挿絵がパピルスの巻物に描かれ、包帯を巻いたミイラと共に棺に納められたのです。
この『死者の書』は、かつては王のためだけのものでしたが、時代と共に一般にも普及してゆきました。
エジプトにおける死後の世界は、冥界の王オシリスの前で、死者の「心臓」と、真理の女神マアトの「羽根」を天秤にかけ、死者が生前に罪を犯していなければ、心臓と羽根の重さが釣り合い、永遠の生命を得ることができたのです。
まとめ
死後の世界は、宗教や国、文化によってもその考え方が違ってきます。しかしその多くは、現世のカルマにより死後の行く場所が決まると考えられているのです。そして輪廻転生を繰り返すことで、徐々に極楽浄土に近づくのです。



