自由のオウム:心の中の檻

自由のために闘った、ある男が山を旅していました。
彼は、商人たちが一泊するのに利用する隊商宿、キャラバンサライに一泊しました。
そこで彼は、宿にあった金色の檻の中に美しいオウムがいて、「自由!自由!」と繰り返しているのを見て驚きました。
そのオウムが「自由!」という言葉を繰り返すと、谷間や山々に響き渡るような場所でした。
男は、オウムはきっと檻から出たいから、鳴き叫んでいるのだろうと思いました。
そこで男は真夜中に、飼い主がぐっすり眠っている間に起き上がり、檻の扉を開けました。
そしてオウムに「さあ、出て行け」とささやきました。
しかし、オウムが檻の柵にしがみついていることに、彼はとても驚きました。
男は何度もオウムに出てゆくように促したのですが、オウムは出て行こうとしません。
そこで男はオウムを手でつかまえて、檻から取り出そうとしたところ、オウムは男をつつき始めたのです。
とにかくオウムを引っ張りだして夜空に解き放ち、男は満足して眠りにつきました。
朝、男が目を覚ますと、オウムが「自由!自由!」と叫んでいるのが聞こえるではないですか!
男はオウムが、外にある木か岩の上に止まっているのではないかと考えました。
しかし、外に出てみると、オウムはなんと再び檻の中に座っていたのです。
しかもその檻の扉は開いているではありませんか!
オウムは檻の扉が開いたにもかかわらず、そこから出て行こうとしなかったわけです。
つまり檻とは、実際には檻ではなく、心の中の檻であったということです。
精神的に自分で自分を心の中で閉じ込めたり、執着していることを表すストーリーなのです。
自由が目の前に開かれているのに、檻にしがみつくオウム、しかし自由と叫び続けるその矛盾。
自分で閉じ込めた心の檻から勇気を持って飛び立つことで、限界を超えられるということの教えでもあるのです。
ある王様のストーリー:老女とマンゴーの木

昔、ある国の王様は大臣や護衛たち、そしてそのほか大勢の人たちと旅に出かけていました。
そしてマンゴーの木陰でみんなで休息を取っていたところ、突然どこからか石が飛んできて、王様の額を直撃し、血が流れ始めました。
いったい誰がその石を王様に投げたのかはわからなかったのですが、王様の傷はひどい痛みを伴っていたのです。
王様の護衛たちはすぐに石を投げた犯人捜しに出かけたのですが、そこにいたのは老婆ひとりだけだったのです。
そこで護衛は老婆に最近石を投げたかどうか聞いたところ、老婆はマンゴーの木に石を投げたと話しました。
護衛は王様に石を投げたのではないのかと尋ねたところ、老婆は驚いて怯えはじめたのです。
そこで護衛は老婆を逮捕し、王様の前に引き出しました。
彼女は恐怖に怯えていましたが、王様の顔から流れる血を見て、絶望を感じたのです。
王様は、冷静に彼女に「私に石を投げたのですか?」と尋ねました。
そこで彼女は「陛下、私はマンゴーの木に石を投げたのです」と答えました。
そしてその理由として自分の子が飢えていて、2日も何も食べておらず、マンゴーの木に石を投げてマンゴーが落ちてきたら、それを息子に与えられると思ったのだと説明しました。
でもその石が誤って陛下の額に当たってしまったようなので、これは意図してはいませんでしたが、私のミスですと、泣きながら許しを請いました。
心の優しい王様は、彼女を許し、罰を与える代わりにお金と食料を与え、護衛に彼女を家まで無事に返すように命令したのです。
このストーリーは、意図していなかった結果が起こることや、それに対する理解と寛容さを描いています。
ほんのたわいのない行動が、時として大きな影響を及ぼし、問題を引き起こすこともあることを告げています。
そんな状況であっても慈悲を示す王の態度は、その行動の根底にある出来事を理解し、許し、そしてさらに癒しとなるプレゼントまで渡します。
そして許すという行動を取ることの精神的な強さ、勇気をも示しているのです。
まとめ
世界中に、日常茶飯事で起こっているような素敵なスピリチュアルなストーリーの数々。そこには最近では忘れているような優しさ、理解、勇気、許しなどが散りばめられ、読む人の心に感動と学びを与えています。
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