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千年の時を越えて語り継がれる平将門首塚にまつわる都市伝説

平将門の首塚にまつわる5つの都市伝説とは

平将門の呪い、平将門首塚の伝説。日本の怖い都市伝説として昔から語り継がれるものである祟りや呪い。その中でも特に有名なもののひとつが平将門の首塚に関するものです。異質な怖さと海外からも言われる和風ホラーの真骨頂でもある祟りや呪いの王道、平将門の首塚にまつわる都市伝説に興味はありますか?

首を切っても死なない男

朝廷に反乱を起こし、「新皇」を名乗った原初の武士とも言われる平将門。「承平天慶の乱」で即位後わずか2か月たらずで藤原秀郷、平貞盛らにより討伐されたわけですがその豪傑ぶりは凄まじく、首を切っても死ななかったと言う話があります。

平将門の首級は平安京まで送られ東の市、都大路で晒されましたが、どういうわけか腐ることなく憤怒の表情を浮かべていたとされています。そしてついには3日目にその晒された首が夜空に舞い上がり怪光を発しながら「体を返せ!胴とつないでもう一度、戦をせん」と叫び続けたというのです。こうした体を求めて平将門の首は関東に向かい飛んでくのですが、当然それを見過ごすことは出来ず、関東近辺にて打ち落とすことに成功します。

しかし首だけになってもただでは散らず、怨念を撒き散らしながら数カ所に分けて落ちたとされています。その落ちたとされる場所、伝承地は数か所あり、いずれも平将門の首塚とされているわけです。首塚とは一般的に首を供養するための「塚」の事である分けですが、平将門の首塚に関しては寧ろその怨念を封印するためのものだとさえも都市伝説では言われています。

衰えることなき怨念の力

続いての平将門の首塚に関しての都市伝説は「現代に至っても消えない怨念」です。これが一番現代になっても平将門の都市伝説が残っている要因であるとも言える都市伝説でしょう。

この平将門の首塚の都市伝説の始まりは関東大震災です。それにより当時、大手町にあった大蔵省庁舎が全焼。そのためその大手町にあった平将門の首塚も含めたあたり一帯が整地されることになり、首塚を壊して大蔵省の仮庁舎が建築されることになりました。

するとその後、その大蔵省の役人の中から怪我や病気にかかる人が続出。それもなぜか足に負傷する者が多く、平将門の首塚を壊し、あまつさえその上に庁舎を建てて平将門公を足下にした祟りだという都市伝説が流れることになりました。その後も平将門の首塚の怨念の猛威は続きわずか2年の間に当時の大蔵大臣である早速整爾をはじめ、工務部長、工学博士以下14名が相次いで亡くなる事態が起きました。

死後1000年目に落雷を呼ぶ

この平将門の首塚にまつわる都市伝説の怖いところは実際に現象事態は起きているところです。多くの都市伝説は起こったとされる事柄自体、その対象者自体が架空という事が多いのですが平将門の首塚に関する都市伝説はそうした意味で別格の恐ろしさがあります。

その恐怖の都市伝説は平将門の死後1000年にあたる昭和15年5月6日に増えることになります。なんと丁度その日大蔵省に落雷があり、主要建造物が炎上にニュースが朝日新聞朝刊に掲載されました。やはりこれも落雷の場所が首塚の傍であったことから、「平将門の首塚を蔑ろにした祟り」とされ鎮魂祭が行われています。

現在、首塚にある慰霊碑にあたる古跡保存碑はこの時に実際建てられたものです。平将門の首塚が齎す怨念の力とはまだ限りませんが、12年前の大蔵省での呪いや祟りとしか思えない出来事の事もあり、ちょっと平将門の首塚に関しては本当にそんな力があるのではないのかと言われるようになりました。

首塚に面した部屋で背を向けてはならない

平将門の首塚がある場所は大蔵省の建物が建てられることから分かるようにオフィスビルが立ち並ぶ一帯。そしてそんなオフィスの塚に面した部屋を使うときは絶対に背中を向けない、お尻向けないようにデスクをおいていると言う都市伝説があるのです。

この都市伝説の始まりは高度成長時代、所謂バブルのころに国が首塚の周囲のごく一部だけを残して、土地を金融機関に次々売却したことが始まりです。そしてそんな売られた土地の中で首塚の参道にあたる土地に日本長期信用銀行が建てられました。

するとなんと塚に面した部屋の銀行員が次々と病気にかかるという異常事態が発生。どうもその原因も平将門の首塚の呪いや祟りなのではないかと都市伝説が生まれました。これ以降「首塚を見下ろすことがないよう窓は設けていない」「首塚に対して管理職などが尻を向けないように特殊な机の配置を行っている」と言う話が持ち上がり、平将門の首塚にまつわる都市伝説はその数を増やしていきます。

平将門の力をそいでいる山手線

平将門の首塚に怨念の力が宿っており、その首塚の力を恐れて霊的なものを散らすために山手線ができたと言う都市伝説が実はあります。鉄と言うか金属には霊を宿し、そして霊を遮断するという説があり、それを利用した結界を作り、それを平将門の首塚の怨念の力を恐れていると思われないようにするための偽装工作が山手線と言う訳です。

とても突拍子もない話なのですが、平将門の首が飛び越えたことからその名がついたと言われる鳥越神社。平将門の首塚の一つとも言われる築土神社、水稲荷神社。将門公の鎧が埋められているとされる鎧神社。将門公の兜が埋まっているとされる兜神社。

何度も登場している大手町の平将門の首塚。平将門の体を埋めた「カラダ神社」が由来とされる神田神社(かんだじんじゃ)を確かに分離するような形で山手線は通っていると言う風にも見えるのです。

以上5つの平将門の首塚にまつわる都市伝説をご紹介させていただきました。京都から関東まで首だけでもやってきて、1000年経っても怨念の力が衰えない平将門の首塚ですが、「原初の武士」として平将門の首塚を参拝する人も多いので、失礼がないようにすれば力を貸してくれるとも言われています。

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