戸畑祇園大山笠の歴史
戸畑祇園大山笠が始まったのは、江戸時代後期の享和3年(1803年)といいます。その前年、村内に疫病がはやり、人々が苦しんでいたので、有志が相談して、飛幡八幡宮の御祭神の一つである須賀大神に疫病退散、平癒大祈願をかけました。すると疫病が治まったので、翌年7月に山笠を作り、村人も協力して祝ったと飛幡八幡宮の記録にあるそうです。
須賀大神は、神話の須佐之男命(すさのおのみこと)のことです。仏教の祇園精舎の守護神である牛頭天王(ごずてんのう)と習合し、疫病退散・厄除けの神として民衆の信仰を集めました。
まだ人口も少ない戸畑の村で、大規模な提灯山笠と豪華な幟山笠を作って、疫病平癒を叶えてくれた須賀大神に感謝したのです。
出典:「戸畑祇園大山笠」(戸畑区役所総務企画課発行 2017年度パンフレット)
日清戦争(1894年〜1895年)以後の10年間と、日中戦争・太平洋戦争(1937年〜1945年)が終わるまでは中止されましたが、1947年から再開されました。
1954年に、東大山笠・西大山笠・天籟寺大山笠の3基で、第1回大山笠競演会が行われ、1956年には中原大山笠も参加して今日のように4基が競う競演会となりました。
1953年から将来の文化財指定を目指して、教育委員会を中心に、歴史や資料調査が始まります。1957年には大山笠の行事が福岡県無形文化財に、匂欄・水引・切幕・見送り一式が福岡県有形民俗文化財に指定されました。
1980年には戸畑祇園大山笠行事が国の重要無形民俗文化財に指定されました。そして、2016年、全国33の「山・鉾・屋台行事」の一つとして、ユネスコ無形文化遺産に登録されました。63年越しの悲願がついに叶ったのです。
祭りの準備と戸畑祇園大山笠一連の行事について
祭りの準備は、6月中旬〜7月初旬にかけて、山笠の御宿となる飛幡八幡宮・恵美須神社(祭りの時だけ西大山笠の作業場となります)・中原八幡宮・菅原神社でそれぞれ「宿開き」が行われ、神官によるお祓いの後、当年の役員紹介が発表されると、いよいよ本格的に始まります。
こちらは菅原神社です。
祭りに使われる道具一式を出し、点検修理などが行われます。そして、山笠台の組み立てに使う藤葛を山で採取し、数本束ねて締める「もじねり」を行います。
出典:「戸畑祇園大山笠」(戸畑区役所総務企画課発行 2017年度パンフレット)
祭り巡行に先立ち、道筋を祓い清めて回る「獅子舞」が、それぞれの地区で行われます。その他、幟山笠の飾りに使う「てまりこ」や御幣、「前花」の菊花などの準備が進められます。
出典:「戸畑祇園大山笠」(戸畑区役所総務企画課発行 2017年度パンフレット)
戸畑祇園大山笠一連の行事は、7月第4土曜日を挟んだ3日間にわたって行われます。初日の7月21日(金)夕刻、大山笠に御霊移しのために宮入りする「大上り」を行ったり、前夜祭として、神事の後、地域を運行したりします。それぞれの山笠によって異なります。
競演会がある中日の7月22日(土)は、幟山笠の飾り付け、神社より山笠への御霊移しの神事、お汐井汲みの場で神官より幟山笠や関係者にお汐井をかけてお祓いをする「お汐井汲み」の行事などが行われます。
出典:「戸畑祇園大山笠」(戸畑区役所総務企画課発行 2017年度パンフレット)
その後競演会場で演じます。競演会を終えた後、それぞれの御宿に戻ります。
最終日の7月23日(日)は、各地区で幟山笠を運行したり、夜は提灯大山笠と提灯小若山笠と競演したりした後、かきこの肩についた狐を落とす「狐落とし行事」を行って終了となります。この日もそれぞれの地区で異なる行事を行います。
午後10時30分ごろ、神社に向かう上り坂を、かきこたちが最後の力をふりしぼって提灯大山笠を担ぐ「大上り」は圧巻だといいます。
この他、小学生以下の子どもたちが街中を曳いて回る幟山や人形飾り山もあるそうです。お祭りの雰囲気を盛り上げるのに重要なお囃子の担い手を育成するために、小学生の子どもたちによる「戸畑祇園ばやし研究競演会」が1週間前に行われ、子どもたちは「おおたろう囃子」を披露します。
このように戸畑祇園大山笠は、子どもから大人まで地域の人々が協力し、7月下旬の競演会をはさむ3日間のために1年がかりで準備し、次代の担い手をしっかりと育てているお祭りといえるでしょう。
まとめ
いかがでしたでしょうか。
私は、競演会の当日、友人と午後6時ごろに競演会場に着きました。戸畑区役所の敷地に階段状の観覧席が設けられ、特設ステージの横にはイス席が設けられていました。それら有料席のほかに、道路沿いに早くも多くの人々がシートなどを敷いて競演が始まるのを待っていました。
競演会終了後もあちこちで、それぞれの御宿に戻りながら提灯大山笠を担いで練り歩き、「ヨイトサ、ヨイトサ」のかけ声が響いていました。
驚きはそれだけではありませんでした。翌日、知人に、天籟寺大山笠の御宿である菅原神社に案内していただきました。なんとその途中で、天籟寺の幟山笠と行き会ったのです。競演会当日だけでも、36度の酷暑の中、関係者は早朝から一日中行事を行い、競演会の2時間余りに全エネルギーを出していらっしゃいました。それなのに、その翌日も朝から地域を練り歩いていらっしゃいます。これほどのエネルギーはどこからくるのだろうかとあっけに取られました。
祭りとは、神様の日頃のご守護に対し、神様を慰撫し、感謝の気持ちを表す行事であろうと思います。しかし、また、地域の人々にとっては、全エネルギーを捧げることによって、新たなエネルギーを授けていただける、それが祭りなのではないかという思いを強くした戸畑祇園大山笠のお祭りでした。
メインイベントの競演会を中心にして、その前後に行われる一連の行事がユネスコ無形文化遺産登録に認められたのも当然だとうなずけました。

こちらは、ユネスコ登録記念に、戸畑祇園大山笠振興会が作成された扇です。お祭りの当日2000円で販売されていました。地域の皆さんの喜びが伝わってきます。
2017年度は終わりましたが、来年パワーをいただきに訪れてはいかがでしょうか。




九州でこのような大きな祭りがあり、しかもユネスコに登録されているとは知りませんでした。
提灯、のぼり等で大きなだしすごい迫力でしょうね、写真でも想像できます。又学生たちも参加しているとはすばらしいですね、次世代に繋がっていくでしょう。いろいろな情報もあり良い記事でした。有難う
ご訪問ありがとうございます。本当にこのお祭りはユニークで美しく、勇ましいお祭りです。中学生だけで担ぐ山笠はなんとも初々しく、胸がキュンとなりました。高校生以上は大人と一緒に担ぐようです。来年も7月第4土曜日が競演会だと思いますので、是非お出かけください。一見の価値がありますよ。