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【圓教寺 御朱印】ラストサムライロケ地!千年の時が流れるパワースポット

圓教寺(円教寺・えんぎょうじ)は、姫路市の北方約8㎞の書写山にあり、「西の比叡山」と呼ばれる寺格の高いお寺です。千年以上の歴史を持つ境内は、標高371mの山上一帯に広がり、今も修行道場の雰囲気をとどめています。

西国27番圓教寺
西国三十三所観音霊場の第27番札所であり、ハリウッド映画『ラストサムライ』をはじめいろいろなドラマのロケ地にもなった圓教寺の魅力をご紹介しましょう。







圓教寺とは

山号:書写山(しょしゃざん)
寺号:圓教寺(えんぎょうじ)
宗派:天台宗
本尊:六臂如意輪観世音菩薩(ろっぴにょいりんかんぜおんぼさつ)
開基:性空(しょうくう)

寺伝によりますと、圓教寺は、平安時代中期966年に、性空が57歳のとき、書写山に庵を結んだのが始まりとされています。性空は橘氏という貴族の出身でしたが、36歳で出家し、九州の霧島山などで約20年間修行しました。

京都へ上る旅に出ますが、京への道を示すかのように流れていた紫色の雲が、書写山の上にとどまって動かなくなりました。山に入ってみると、一人の老僧が、「この山に住めば、眼・耳・鼻・舌・身・意(こころ)の六根は清められるだろう」と告げました。老僧は文殊菩薩の化身だったのです。性空は書写山に庵を結んで、ひたすら法華経を唱えました。

4年が過ぎたころ、性空は、崖の上に咲いた桜の木に天人が舞い降りて礼拝する姿を見たのです。そこで、その桜の木に如意輪観音を刻み、それを囲むお堂を建てました。それが摩尼殿(まにでん)の始まりです。

性空は、朝廷からお召しがあっても山を下りようとしませんでした。栄華栄達を求めず常に法華経の会得に専心する性空の名声はますます高まり、皇族や貴族たちが訪れるようになります。

特に花山法皇(かざんほうおう)は上人を崇敬し、二度訪れています。一度目は、986年7月、3年足らずの在位、19歳で藤原氏の陰謀により天皇の位を退位させられ、出家した直後でした。そして、この年の11月に、法皇は「圓教寺」の寺号を授けました。圓(円)のように欠けたところがなく、自己を完成する道を教える寺という意味が込められています。

花山法皇は、性空上人から、奈良時代のはじめに長谷寺の徳道上人が観音信仰を広めようとしていたことを教えられました。法皇は、徳道上人が埋めたとされる伝説の宝印を中山寺(兵庫県宝塚市)から掘り出して、観音霊場巡拝を始めたと伝えられています。これが今日の西国三十三所観音霊場巡礼の元になっていくのです。

圓教寺の見どころ

書写山山麓駅から毎時15分おきに運行されるロープウェイ(大人往復1,000円)を利用すると、4分ほどで山上駅に運んでくれます。
志納所で、志納金(入山料)大人500円を納めます。

魔尼殿下までマイクロバスを利用する場合は、志納所で特別志納金500円(往復)を納めます。1時間に3本運行されています。

圓教寺・参道

西国27番圓教寺・参道
参道は、「西国巡礼の道」と呼ばれ、両側に設置された西国三十三観音の銅像を拝顔しながら歩けるので、魔尼殿までの約1㎞の道のりも苦になりません。徒歩20分ほどです。

圓教寺・仁王門

西国27番圓教寺・仁王門
江戸時代初期の建物で、三つ棟造。向かって右側が口をあいた阿形(あぎょう)、左側が口をとじた吽形(うんぎょう)の金剛力士が聖域を守っています。仁王門は兵庫県指定文化財、仁王像は室町時代の作で、姫路市指定文化財です。

圓教寺・三十三所堂

西国27番圓教寺・三十三所堂
摩尼殿へ上る石段下の右手に、西国三十三所の観音像を安置しているお堂があります。

圓教寺・石段と懸造(かけづくり・舞台造)

  
西国27番圓教寺・摩尼殿への石段
石段はやや急ですが
西国27番圓教寺・摩尼殿・懸けづくり
崖の上に建てられた懸造の迫力ある構造がよく見えます。

圓教寺・手水

西国27番圓教寺・摩尼殿前の手水
摩尼殿の前にあります。

圓教寺・摩尼殿(まにでん・観音堂) 

西国27番圓教寺・摩尼殿
「マニ」とは梵語で如意(にょい)のこと。1174年に参詣した後白河法皇によって名付けられました。

西国27番圓教寺・本尊御影
本尊は六臂如意輪観世音菩薩で、性空上人が桜の霊木に刻みました。6本の手、如意宝珠と宝輪を持ち、人々の煩悩を打ち破り、あらゆる願いを叶えてくれます。片ひざを立て、手をほほにあてて救済策を思案している姿です。現在のものは、1239年に当時の住職妙覚によって供養されたものです。

最初の建物は平安時代中期の970年に建てられましたが、その後焼失し、1933年に再建されました。入母屋造、本瓦葺。

内陣の大厨子には、如意輪観音を中央に、広目天・増長天・多聞天・持国天が安置されています。これらの四天王立像はひのきの一木造で、10世紀ごろの作とみられ、国指定重要文化財となっています。1年に1回、1月18日の鬼追い会式の日に開帳されます。

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ABOUT ME
Written by ゆうこ
Written by ゆうこ
卯年、山羊座。元国語教師。趣味は、温泉旅行や食べること。百人一首競技かるたは選手&読手A級。お寺や神社に立つと、幾度もの興亡が繰り返され、再建・再生され、長年月維持し、受け継いできた無数の無名の人々がいたことを思わずにいられません。そういう人々の思いを少しでも伝えられたらと思っています。 共著書:『新渡戸稲造の至言』(新渡戸基金発行)

POSTED COMMENT

  1. アバター きりん より:

    懸造の構造凄いですね、和泉式部名前は知っていましたが、歌は知りませんでした、チベット語の御朱印あるとは知りませんでした。次の機会があれば欲しいです。魔尼殿の意味初めて知りました。ありがとうございます。

    • アバター Written by より:

      ご訪問ありがとうございます。和泉式部の歌塚もチベット語の御朱印がいただける開山堂も奥之院ですので、時間の余裕をもってお参りなさってください。
      ただし、チベット語の御朱印を書ける方がご不在の時はいただけないそうです。ご縁がありますように。

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