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四国お遍路44番札所 【大寶寺】|「遍路ころがし」の中札所!御朱印や見どころ

四国お遍路44番札所 【大寶寺】

今回ご紹介する四国44番札所大寶寺(だいほうじ)は、43番札所である明石寺から約80㎞、峠超えの難所が続いた先に存在する四国霊場。四国霊場八十八ヶ所のうちのちょうど半分にあたる「中札所」であり、明石寺からかかる時間は、なんと徒歩で20時間以上という名のごとく「遍路ころがし」の四国霊場なのです。

静寂な雰囲気のなかに建つ44番札所、大寶寺。その静寂さとは裏腹に、度重なる火災に苦しんできた寺院でもあります。それでは、大寶寺の歴史や見どころ、ご利益などについて、ご紹介していきましょう。

お参りの作法についてはこちらをごらんください。
▶︎ 四国88箇所霊場お遍路|基礎知識と正しい参拝方法



大寶寺の歴史

大寶寺の縁起は、大和朝廷の時代にまでさかのぼります。時の百済から来朝していたある僧が、自身の十一面観音像を山中に安置していたそうです。

飛鳥時代にあたる大宝元年。現在の広島にあたる安芸から来た明神右京、隼人の兄弟が観音像を発見、草庵をつくり祀ったところを文武天皇が聞きつけ、勅命を出したのが大寶寺のはじまりであるとされています。

弘法大師がこの地を訪れたのは、それからおよそ120年後の弘仁13年(822)。大師は密教を修正したうえで同地を四国霊場の中札所であると宣言。当時天台宗であった宗派も真言宗に改めたといいます。

さて、この大寶寺の歴史を語るうえで欠かすことができないのが、過去3度もの火災に見舞われたという歴史。仁平2年(1152)、「天正の兵火」、明治7年にわたり、全山を焼失するほどの大火事に遭遇しています。寺院は苦難の道を強いられながら、時の後白河天皇や松山藩主の寄進もあり、今日まで繁栄を続けているのです。

また寛保元年(1741)には、こちらで農民一揆が勃発したという記録もあります。およそ3000人もの農民が税制の不満から一揆をおこし、時の住職・斉秀が場をおさめたといわれています。

大寶寺のご利益


大寶寺のご本尊は、十一面観世音菩薩。本堂は1925年に再建されたもので、銅板葺きの屋根の構造をしています。霊場の舞台が愛媛県となってから、聞くことの多くなった観音菩薩。「観音」という名は観察の「観」、人々の声を示す「音」に由来し、いわば人々を観察したうえで救済する仏なのです。

観音菩薩は三十三の姿に変化して、人々を救済すると伝えられています。大寶寺のご本尊である十一面観音菩薩や、他にも馬頭観音菩薩など、さまざまな観音菩薩が存在します。観音菩薩は、すべての人々を救済するためにあり、それらの人の数だけ、つまり、無限に変化するといっても過言ではないのです。

四国44番大寶寺・本尊御影

大寶寺の十一面観音菩薩は、幾多の火災を乗り越えてきた大変ご利益のある観音菩薩です。ぜひその恩恵を享受していただければと思います。



大寶寺の御朱印の特徴

四国44番大寶寺・御朱印
老樹の立ち並ぶなか、厳かな雰囲気を漂わせる大寶寺。御朱印は境内の納経所でいただくことができます。まずご本尊にご挨拶するのをお忘れなく。

大寶寺の御朱印について、揮毫は十一面観音の種字である「キャ」に「十一面観音」となっています。真言(密教において心理を示す秘密の言葉)は「おん まか きゃろにきゃ そわか 」。シャープな筆跡ながら、その面持ちはどこか、苦難を乗り越えてきた力強さを感じます。

大寶寺の見どころ

参道


「極楽橋」を超えて、大寶寺へ。

四国44番大寶寺
「みささぎ権現」と書かれた看板や多くの石仏群に迎えられ、境内へ向かいます。

仁王門


入母屋造と呼ばれる楼門です。中に奉納されている檜造りの金剛力士像は室町時代の作品。明治7年の火災で仁王門が焼け落ちてしまった一方、金剛力士像は被害にあうことなく現存しています。

境内

仁王門の左奥には、久万高原町の指定文化財である「宝篋印塔」があります。

仁王門前には石段。右側にある句牌はかの有名な歌人、種田山頭火により詠まれたものです。


石段を上った左手には取水場、右手に納経所があります。参拝したのち、御朱印をもらうようにしましょう。

陵権現

時の後白河天皇が妹宮の遺体を祀ったお堂と五輪塔です。妹宮はかつて、大寶寺の住職を務めていました。後白河天皇が脳の病の治癒を祈願したところ成就し、妹宮を住職として勅願寺に任命しました。以上の背景から、脳や頭の病気に霊験があるとされる場所でもあります。

芭蕉塚

俳句の名人、松尾芭蕉の33回忌の法要を営んだ際に建立された芭蕉塚。大寶寺のある久万高原町の指定文化財であり、「霜夜塚(しもよづか)」という別称も。
多くの俳句ファンにも親しまれる見どころです。

十夜ケ橋(とよがはし)

明石寺から大寶寺の間にある橋。修行中の大師が借りようとしたものの断られ、やむなくこの橋の下で一夜を過ごしたといわれています。

この際、大師は「行きなやむ浮世の人を渡さずば一夜も十夜の橋と思ほゆ」と詠んだのだとか。なお「橋の上では杖をつかない」という巡礼のルールは、この物語に由来しています。大師が橋下で休んでいるかもしれませんからね。

まとめ


大寶寺の歴史やご利益、見どころなどはいかがでしたでしょうか。

幾多の火災に見舞われながらも、今なお厳粛な雰囲気のまま、中札所としてその存在を放つ大寶寺。43番札所である明石寺からは長い道のりとなりますが、大師も通った十夜ケ橋で思いを馳せたりしながら、ぜひともこの難所を乗り切っていただければと思います。ぜひ、足を運んでみてください。

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