目次
- Page 1
- 諏訪大社とは
- 諏訪大社の歴史
- 本宮(ほんみや)は重要文化財の宝庫! 見どころ
- 鳥居
- 手水舎(てみずや)
- 一之御柱(いちのおんばしら)
- 塀重門
- おみくじ
- 参拝所
- 幣殿・拝殿・左右片拝殿・脇拝殿 いずれも重要文化財
- 四脚門(勅使門)重要文化財
- 東宝殿(ひがしほうでん)・西宝殿(にしほうでん)
- 勅願殿(ちょくがんでん)重要文化財
- 祈願絵馬(きがんえま)
- 宝物殿
- 四之御柱遥拝所(よんのおんばしらようはいしょ)
- 雷電像(らいでんぞう)
- 天流水社(てんりゅうすいしゃ)重要文化財
- 神楽殿(かぐらでん)重要文化財
- 勅使殿(ちょくしでん)と五間廊(ごけんろう)いずれも重要文化財
- 二之御柱(にのおんばしら)と贄掛けの欅(にえかけのけやき)
- 入口門・布橋(ぬのばし 重要文化財)
- 御朱印 御柱祭年の特別印付
- 【御柱祭】(おんばしらさい)とは
- Page 2
- 前宮は4本の御柱に触れることができる! 見どころ
- アクセス
- まとめ
目次
前宮は4本の御柱に触れることができる! 見どころ

前宮は、本宮から南東へ約1.5㎞の所にあります。
前宮は諏訪明神がはじめて降り立った所と伝わり、諏訪信仰発祥の地です。
御祭神は、本宮と同じく建御名方神(たけみなかたのかみ)と八坂刀売神(やさかとめのかみ)です。
中世まで、諏訪明神の依り代(よりしろ)で、現人神(あらひとがみ)として諏訪上社最高位の神職大祝(おおほうり)の館がありました。大祝の館は神殿(ごうどの)と呼ばれ、現在の社務所のあたりにありました。そのあたり一帯を神原(ごうばら)と呼んでいました。上社の重要な神事が前宮で行われていました。
古代から近世まで、大祝は世襲され、中世までは諏訪の領主として政治権力も握っていましたが、江戸時代になって「藩主諏訪家」と「大祝諏方家」に分かれ、政教分離が行われました。境内は、祭政一致時代の姿を残しており、「諏訪大社上社前宮神殿跡」として、長野県の史跡に指定されています。
明治4年、神職の世襲制度が廃止され、大祝職も廃止されました。現在神官は神社本庁から任命されます。
手水舎(てみずや)
鳥居
十間廊(じっけんろう)

本殿への石段を少し上がると、間口3間、奥行き10間の長い吹き抜けの廊下があります。古くは「神原廊(ごうばらろう)」と呼ばれ、中世まで諏訪の祭政が行われた場所です。すべての貢ぎ物はここで大祝に差し出されました。
現在でも上社第一の祭儀である「御頭祭(おんとうさい)」(酉の祭 とりのまつり)が4月15日にここで行われます。
「御頭祭」は、本宮の御霊代(みたましろ)が神輿(みこし)に移され、前宮までの約1.5㎞の道のりを黄色い衣装をつけた氏子たちが担いでこの十間廊まで運びます。鹿の頭(現在は剥製を使用)や鹿肉、海産物、お神酒などをお供えし、五穀豊穣を祈る儀式が行われます。
かつては鹿の頭75頭をはじめ山海の幸が積み上げられ、舞を見ながら神とともに飲んで食べる宴が開かれたといいます。
その鹿の頭75頭の中には必ず「耳が裂けた鹿」が入っていることから「諏訪の七不思議」の一つに数えられていました。
内御玉殿(うちみたまでん)

十間廊と石段をはさんで斜め右手にあります。
かつては職位の儀式を終えた大祝が秘密裏に内御玉殿に入り、御神宝の「真澄の鏡(ますみのかがみ)」を胸に飾り、「弥栄の鈴(やさかのすず)」を振って人々の前に現れ、神の威徳を示しました。大祝は8歳くらいのけがれのない男子が世襲で職位し、成人になると次代へ引き継ぎました。
現在は「御頭祭」の日に十間廊での儀式の後、お供え物をし、祝詞をあげ、玉串を捧げる「内御玉殿祭」が行われます。
本殿

なだらかな石段を上がった小高い所に建っています。諏訪大社四社の中で本殿があるのはここ前宮だけです。
本殿は、大祝が職位する前に精進潔斎が行われる仮屋でした。現在の本殿は、昭和7(1932)年に伊勢神宮の古材で建てられたものです。
一之御柱(いちのおんばしら)

本殿の右側に建てられています。一之御柱は直径約1.2m、高さ約17mと一番高く、二、三、四之御柱と順に低くなります。時計回りに建てられています。
2022年5月に建て替えられたばかりの、みずみずしい御柱に触れてパワーをいただきました。
名水「水眼(すいが)」の清流と二之御柱(にのおんばしら)

「水眼」の清流は、二之御柱のすぐ前を流れる湧き水で、ご神水として大切にされています。水源は約1㎞先の山中で、年中水温水量は一定だとか。
中世では川のほとりに精進屋を設けて心身を清め、重要な神事に用いられました。
筆者も手を清めて、写真奥に見える二之御柱に触れました。
三之御柱(さんのおんばしら)・四之御柱(よんのおんばしら)

三之御柱は二之御柱の奥にあります。本殿の裏の細い道を歩いていくと近くで見て触れることができます。さらに本殿の裏道を歩いていくと、四之御柱があります。
本殿の裏道は人気なくて、倒れそうな巨木があり、ちょっとどきどきしましたが、4本の御柱すべてに触れることができてすがすがしい気持ちになりました。
八ツ岳

前宮の境内から見える八ケ岳の山々です。
本宮・前宮の御柱の先の御幣は諏訪大社の奥社がある八ケ岳に向いています。
御朱印

こちらが前宮の御朱印です。右下の緑色の印は御柱祭年の特別印です。中央に「前宮」の文字、周囲の文字は本宮の特別印と同じです。初穂料は500円で、社務所でいただけます。
四社まいりの記念品

四社の御朱印を受けると記念品がいただけます。今年は、片側に諏訪大社の鳥居と御神紋の梶の葉、もう一方に八ケ岳と諏訪湖の御神渡り(おみわたり)をデザインした小銭入れでした。
お賽銭を入れるのにちょうどいいですね。
前宮水眼広場(まえみやすいがひろば)・交流センター前宮

本殿に上がる石段の途中にある2020年6月に完成した広場です。「水眼」の清流を取り入れた親水池や水車があり、青々とした芝生が広がる明るい広場で、子どもたちも安心して遊べる所です。
広場には諏訪大社や周辺の史跡、御柱祭などに関する展示が行われている交流センター(写真後方の建物)があります。
交流センターの中の茶房「すいが」では、地域の方々による地元の食材を使った安くて美味しいランチやスイーツをいただけるそうです。(金~日曜日10:30~15:30のみの営業。ランチは11:30~13:30、20食限定)。
トイレも新装されたばかりできれいでした。
中世末期に大祝(おおほうり)の館が宮田渡(みやたど)に移される前までは、この辺り一帯に代々の大祝の館など多くの建物が建てられていたのでしょう。明るい日ざしの中広々とした広場でしばし昔を偲びました。
アクセス
本宮:長野県諏訪市中州1 ☎0266-52-1919
JR中央本線「上諏訪駅」下車。上諏訪駅西口からバス「かりんちゃんライナー」で「上社」下車、約20分。市内循環線「内回り」で「上社」下車。
前宮:長野県茅野市宮川2030 ☎0266-72-1606
JR中央本線「茅野市駅」下車、徒歩約25分(1.8㎞)又はタクシー約10分(1,500円程度)。
※本宮と前宮の距離は約1.5㎞。本宮にはタクシーが常駐していますので、本宮をお参りした後、タクシーで前宮に移動するのがいいかもしれません。徒歩でも30分以内でしょう。茅野市・諏訪市公民館作成の【遊歩道でつなぐ前宮・本宮散策マップ】がダウンロードできます。お天気がよければそれを参考にして散策がてら移動してみてはいかがでしょうか。
無料の駐車場があります。
本宮:東参道駐車場80台、北参道駐車場270台
前宮:前宮前交差点駐車場30台、社務所前駐車場20台
上社と下社は約10㎞離れていますが、車で行かれる方は一日で四社まいりが可能です。
まとめ
いかがでしたでしょうか。
本宮は工事中でしたが、多くの重要文化財を備えていて歴史の重みや風格を感じる境内でした。補修工事が完了すれば一段と魅力を増すことでしょう。
前宮は古くは大祝の館として賑わい、多くの建物があったそうですが、半ば自然と化したそれらの痕跡があちこちにあり、素朴で神秘的な空気に包まれていました。
筆者がお参りしたのは6月中旬でした。6年ごとに行われる御柱祭の年に、真新しいツルツルのもみの木肌に触れることができたのは幸せでした。帰宅してから、その柱一本一本を建て替えるために、それぞれ担当地区の氏子たちが総力をあげて奉仕する様子をYouTubeで見て、改めて胸が熱くなりました。
【御柱祭】の「木落とし」「川越し」「建御柱(たておんばしら)」、【御頭祭】の鹿の頭や山海の幸を捧げる慣わし、長い間大祝が「現人神」として信仰されてきたことなど独特の伝統を継承する上社です。寅年のこの機会にぜひ訪れてみてください。
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